第256話

 霧満たす空間に風穴を開けるように、先陣を切って真正面から攻め入るミカエル。速度が起こす風は周囲のモヤを巻き込み、矢の如く前進した。

 それを感知したセシルは、一旦玉座から離れ、祈るように両手を重ねて目を瞑る。

 直後、それまで何度も放たれたそれとは比べ物にならない程の大きさと弾速を持つ水弾を五発作り出し、一斉に発射した。

 ミカエルは最小限の動作でそれを華麗に避けつつ、そのうち一発を斬撃によって一閃。

 間もなく刃の切先が届くかという所まで潜り込んだ。

 だが、先制となる一突きを与えようとした直後、一瞬の違和感を覚えたミカエルは足の裏に入れていた力を即座に踵へと移動させ、後退した。

 

「どうしたのですか、攻撃の好機ですよ」


「危険を察しても突っ込むほど、僕は愚かじゃないさ」


 遠く離れた場所ですら、霧の場に置いて一方的な攻勢を強いていたセシル。

 その本体ともなれば、長時詠唱が無くとも魔法の熾烈さは別格の強さを誇る。

 本来このまま直進していればミカエルが入り込んでいた進行コースには、既に四方八方から無数の水弾と氷柱の如き鋭利な氷弾が発射寸前の状態で待ち構えていた。

 それまでの弾速を考慮すると、このまま無闇に攻め入っていれば確実に迎撃されていたであろう。


「あんな啖呵を切って、それでも冷静なんですね」


「僕は力こそあれど、戦闘専門の部隊じゃないからね。広く視界を持たないと務まらないさ。今みたいにね」


 明らかに含みのある発言に、セシルは緊張を強めて目を大きくする。直後、回り込むように真横の方向から、拳に電撃と炎を纏った大我が豪快に、果敢に突撃した。

 霧のセンサーがあれど、それを扱う術者の意識までも常に万全でかつ全体にむけられているとは限らない。


「どりゃああああああ!!!!」


 わずかな会話で意識を反らされたセシルは、堂々と叫びながら猪突猛進に攻め込む大我に驚きながらも、小さく地面に踏み込み足元を凍結させ、滑るようにして後退した。

 大我のテレフォンパンチな一発は空振りに終わるが、エルフィの警戒もあって反撃も受けることはなかった。


「…………今の会話も、私の意識を反らすために」


「さあ、どうだかね。だけど、数の理はこちらにあるよ」


 自身が持つ有り余る才覚による、水魔法を応用した攻守一体の霧の空間。

 強大なる力は些細な小細工をも轢き潰すが、今セシルが対峙しているのは、いくつもの戦いを経た者達。

 ただ災害のような力を発揮し、戦術もほぼ存在しないセシルには未体験の領域であり、その場その場で対応するしかない。

 ミカエルは真剣ながらも笑みを崩さず、己の感情ややり取りすらも取り込み、攻勢の手段とした。

 そして、大我達も当然独自に自分が出来る戦い方に己を傾けていた。

 

「視界が遮られても、ちょっと姿が見えればあたしには充分だよっ!」

 

 アリシアはわずかに見える影を頼りにおおよその位置を把握し、炎の矢を連続で放った。

 万全なる視界ではないのが災いし完全な正確性には欠けるが、残りは今までに培った感と技能で補う。

 セシルは矢尻が到達する前に氷の壁を作り出し、物理攻撃を防ぎつつ炎を消化した。

 その後方では、ティアが大我達全員の周辺に霧を漂わせないようにと風を吹かせ、作り出されたフィールドへの妨害と攻勢への土台作りを行っていた。

 それらのバックアップを元に、ミカエルと大我が直接戦闘に集中する。

 剛と柔が交差する隙のない攻撃体制。有り余る力とその場の策で戦うセシルには相当な不利材料であることは間違いなかった。


「そちらも、霧で数え切れないほど分身を生み出せるんだ。こちらにだけ卑怯とは言わせないよ」


 敵の懐であっても、決して怯むことのないミカエル。

 戦況は大きく大我達の方へと傾きかけていた。が、当然それを、セシルがただ黙って受け入れるはずもなかった。


「私はマだ負けるわけニはいきません! お兄様を元に戻し、私とお兄様の日常を!!」


 近距離から遠距離から向かってくる波状攻撃を往なすことはまだ可能。

 だが、圧倒的に実戦経験の無いセシルは、この先どうすればいいのか、どうやったら戦闘不能に出来るのかを、自身の魔法力から生まれた余裕を使って思考を巡らせていた。

 大我やミカエルに真正面からぶつかるのは、いつかジリ貧になる可能性が高い。

 ならば最初に対処するべきは、小賢しくも自分の邪魔をするアリシアとティア。

 そしてセシルは、攻撃役への攻勢の邪魔をするティアへと注目。

 非力なこの者からまず倒しておかねばならないと、霧の力を直接ティアの周辺へと集め始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る