第257話

「霧が濃くなって……!」


 サポートに徹していたとはいえ、自分も戦場の中にいる一人であり、狙われないわけがない。

 その可能性を考慮して、常に己の周囲にも霧を吹き飛ばす風を吹かせていたが、ティアの想定はまだ甘かった。

 例え戦いの素人であっても、単純な魔法能力は純粋に強力。それを証明するように、セシルの霧は一瞬にして風を無視してティアの周囲を包み込み、無数の水滴を浮かび上がらせる。

 まるでそれは空中に静止する弾丸。直後、全方位から殴りつけるような勢いでティアに襲いかかった。


「きゃああああっ!!」


「ティア!!」


 腕に、足に、身体に、硬質な球体をぶつけられたような小さな衝撃が無数に襲いかかる。

 今戦っている仲間達の中ではお世辞にも打たれ強いとは言えないティアには、この集中放火は相当な痛打となった。

 ティアの悲鳴に反応した大我とアリシア。最も近い場所にいたアリシアが弓を構え、矢を使わずに弦を引っ張る。


「今助ける! 翼を生やし羽ばたけ炎よ!」


 詠唱によって形作られた、弓に煌めく、翼の意匠が色濃く反映された一本の炎。

 それを矢を放つように発射すると同時に、安全な状況を作り出すために全力で走り出した。

 赤く燃える熱い突風を吹かせ、ティアに纏わりつく濃霧を一気に吹き飛ばした。

 アリシアが発動した魔法は攻撃のための物ではなく、煙や砂嵐のような手に掴むこともできないような現象に対して、自身が得意な炎魔法と兄から教わった風魔法を組み合わせて自分流に編み出した魔法である。

 敵との戦いで使う予定のものではなかったが、それが予想外の形で活きることとなった。


「ティア、こっちに……」


 アリシアは濃霧の中から現れた、傷つき膝を付いたティアに一気に近づき、右手を伸ばして左腕を強く絶対に離さないように握った。

 しかしその瞬間、霧の中から一際大きく弾速の早い、氷混じりの水の弾丸が伸ばした右腕に命中した。


「がああぁぁっっ!」


 なってはならない重い音が聞こえた。

 アリシアの細い褐色の右腕がひしゃげ、電子頭脳を焼き付かせるような激痛が腕から身体へ伝わり、感情に深々と突き刺さる。


「アリシア!!」


 離れた位置から耳に入った仲間の悲鳴。大我はこのままでは危ないと、方向転換して二人の方へ向かおうとした。

 だがそれを損傷したアリシア自身が、彼が視界に入った瞬間に歯を食いしばり、振り絞るような声で制止した。


「来るんじゃねえ!! ぐおおあああっっ!!!」


 逞しく根性に溢れた声で、皮膚が破れ折れた右腕の拳を握り、ティアの腕を引っ張り救出した。

 そして即座に後方へ後退し、どのような攻撃が向かってきてもいいように左手に炎塊を作成。空中へ待機させた。


「あ、アリシア……! 大丈夫……!? ごめんなさい、私のせいで……」


「気にすんなよティア。このくらいアルフヘイムに戻ればなんとかなるって。あんたのせいじゃないんだから、ティアは自分に出来ること続けようぜ」


 ティアに余計な気苦労や心配をかけないようにと、元気にいつものように笑ってみせつつ、お前に責任は無いんだから気にしなくてもいいと口に出す。

 その一方で、視界に移さないように隠している折れた右腕は、動きはするものの自身の意思とは関係なくかたかたと不規則に痙攣を起こしていた。

 それを察せられない程鈍くは無い。ティアはそんなアリシアの優しさと気遣いを全部受け止めて表情を引き締める。

 傷つきながらも立ち上がって見せ、再び全員のサポートに回る意思を固めた。


「おーし! あたし達はまだやれるぜ! そっちは頼んだからな!!」


 こちらに気をかけず自分達の攻撃に集中しろと、様々な防御手段を用いて逃げる魔女を追いかける大我とミカエルに発破をかけるアリシア。

 だが二人には確実なダメージが蓄積されていることは間違いない。

 さらには、ティアの霧除けのサポートが一瞬とはいえ消されてしまった。セシルのポイント攻撃はまさしく蟻の一穴のキッカケとなった。

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