第250話

「さて、ひとまず上に戻ろうぜ」


「私も行きます。少しでも戦える人は多いほうがいいと思うから」


 誘拐された人々を見つけ、エルフィによる一通りの探索も終え、あとは元凶となるセシルを見つけ倒すのみのはず。

 地下室を抜ける直前、ティアも一緒についていきたいと自己申告を口にした。


「大丈夫なのか?」 


「うん、みんなの姿を見てようやく胸の奥が落ち着いた感じがする。私が前に出ることはできなくても、魔法でサポートはできるはずだから」


 攫われたことによる身体の消耗と、精神的消耗を考慮して本当に大丈夫なのだろうかと、大我が心配の声をかける。

 ティアの目つきは強い意志を持っており、一緒に戦いたいという確固たる決意が肌にも感じられた。

 その望みを補強するように、アリシアが横から提案を加える。


「この状況なら、ティア連れて行っても大丈夫だとは思うぜ。むしろ、あたしとエルフィで薙ぎ倒しながら、ティアの風魔法で霧をはらってもらうんだ。安全性は増すだろうよ」


「……わかった。けど、二人共しっかりとティアを守ってくれよ。俺も頑張って戦うから」


「たりめーだろ大我。それくらいなんとかしてやるさ」


「任せときな。今までどんだけティアのお守りをしてきたと思ってんだ」


「ち、ちょっとアリシア〜……」


 これまでいくつものクエストや付き合いで一緒に外で走り、戦いに巻き込まれることを何度も体験してきた二人の間柄だからこそ言える冗談。

 しかしアリシアも、ここ最近のティアの成長を感じていないわけではない。

 今まではそれなりに風魔法が得意なだけの非力なエルフだったことは間違いない。

 そんな彼女が、サポートだけでなく確かに一人で戦える力を身に着けていることをアリシアは知っていた。

 何より現状は自由に動ける風魔法使いの存在は不可欠。それを信じた上で、アリシアは笑って頼みを受け入れたのだった。


「そうと決まれば、とっとと上に行くぞ。これ以上あの金髪騎士を待たせるのはアレだからな」


 話はまとまり、狭い空間でも自由に動ける小さなエルフィの先導で、全員は一階へと改めて足を戻した。

 直前、最後に階段へ足をつけた大我が、地下に一旦残る捕まった人々の方へ振り向く。

 彼らの表情には、自分達は本当に助かるんだろうか、という不安の色がはっきりと見えていた。 

 一難去ってまた一難とも言える、下手に動けず確実な安心が担保されていない状況である分無理もない。

 大我が軽い笑みを向け、せめてもの励ましになればと去り際に声をかけた。


「安心してください。魔女をぶっ飛ばしたら、絶対に助けに行きます。俺も、狭い場所で怖い思いをする気持ちはよくわかるんで」


 その言葉を残し、大我は遅れて一階へと駆け上がった。

 大我が現代にて機械の軍勢に襲われた際の真っ暗なシェルターへの逃避行。そして、両親と離れることになったコールドスリープ装置。

 どれも短い記憶だが、渦巻く感情は脳裏に焼き付いている。

 大我が皆に見せた表情には、奥に秘められた深い感情こそ完全にはわからないが、何か訴えかけるような説得力を感じさせた。

 それを見た人々は、何も言わずぎゅっと手を握り、大我達の健闘を祈った。



* * *



「君達の仲間や攫われた人々が無事で良かったよ」


 ミカエルと合流し、地下で起きた出来事を簡潔に説明するエルフィとティア。

 足を踏み入れる前はただ脆く古ぼけた様子だった周辺も、戻る頃には床や壁に無数の裂傷や陥没痕が生まれていた。


「戦力の補強としてはありがたいけど、本当に大丈夫かな?」


「大丈夫です。…………たぶん」


 初めて対面するネフライト騎士団隊長との真正面からの会話。眼福な顔立ちと爽やかな笑顔から放たれる質問と、その裏から肌に感じる戦場の威圧感に思わず気圧され、少しだけ回答が萎縮してしまったティア。


「君の話はここへ来る前に少しだけ聞かせてもらったよ。経口一番にその答えを言えるなら大丈夫。自分のできる事に専念して、あとは僕達に任せてくれ」


 心を喜ばせるようなミカエルの容姿から口にされる優しい言葉が、緊張した心を解きほぐす。

 それを置いておいても、実力者から口にされるその言葉は、後ろ盾の安心をもたらすものがあった。

 

「さて、このまま逃げ続けても埒が明かない。ようやく落ち着ける時間も出来たし、そろそろこちらからも攻めるべきかな」


 鎧に携えたナイフを一本、地下室への扉の前へと投げつけ突き刺すミカエル。

 ナイフは光を帯び、侵入者や外部からの攻撃を防ぐ為の光の壁が入口を守るように発生した。


「攻めるって言ってもどうすりゃいいんだよ。結局はあたしらの不利だろ?」


「みんなはまだ走れるよね? なら次にやることは決まってる――虱潰しの探索だ」

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