第249話


 扉の先から姿を現したのは、セシルに連れ去られ、エルフィのわずかな手がかりだけを頼りに探していた大切な仲間、ティアだった。

 階段先から届く光によって照らされたその姿は、間違いなくずっとこの世界で側にいた彼女そのもの。

 本当によかった、無事だったんだなと、大我が心の底からの安堵の表情を浮かべて手を差し伸べようとした直前、ティアの方からゆらりと大我の方へなだれ込み、背中に手を回してぎゅっと抱き締めた。


「おわっ! て、ティア?」


「よかった……無事だったんだ……私、あれからエルフィと逃げたら囲まれちゃって、なんとか戦おうとしたけど気を失っちゃって……それから、目が覚めたら捕まってて……」


 溜め込んでいた負の感情を吐き出すかのごとく、抱き着かれた大我の驚きの声を遮りながら喋り続けるティア。

 身につけていた衣服こそ変わらないが、地下の環境のせいか服と皮膚に無数の汚れが付着しており、ティアなりにこの中で行動を起こしていたことを想起させる。

 一瞬だけ、一旦落ちつこうと諭しながら身体を離そうともしたが、喋り続けるティアの両手は小刻みに震えていた。

 大我は踏み止まり、そっと感情の吐露に耳を貸しながら安心のために胸を貸した。


「鍵を壊して、他にも捕まってた人がいたから助けに行ってたらなんだか上が騒がしくなって急がないとって思って……それからみんなでここから抜け出そうとした時に扉が開いて、そしたら大我が……アリシアが…………」


 その言葉を聞いて視線を地下室の奥へと向けると、そこには暗く怯えきった顔で固まっていた人々の姿があった。

 その数は雑に数えるだけでも数十人は確実。怪我の度合いもバラバラで、服が敗れる程度で済んでいる者もいれば、後頭部の皮膚が破れ、脳殻を露わにして虚ろな目となっている者もいた。

 

「…………探したぜティア。本当に無事でよかった。本当に……生きててくれてありがとう」


「ほんとだよ。酷い目にあってないかって気が気でなかったんだからな」


 ティアの背中に優しく手を回し、心細くならないように、支えるようにして掌を置く。

 アリシアも友達の無事を心から喜び、ちょっとだけ体重をかけるように肩に腕を回す。

 少しずつだから身につけ始めた実力も、霧の魔女のような強大な現象の如き相手には敵わない。いつもみたいに頼れる友達や仲間もいない。目覚めればひとりぼっち。

 そんな危険な状況の中で自分一人で動き走るのは初めてのこと。怖くて震えて仕方がなかった。

 果たして自分に、一緒に捕らえられた人々を助けられるのか。

 自身に下した助け出すという決断に、自身からのプレッシャーがのしかかる。

 そんな暗い不安を、助けに来てくれた大我達が解放してくれた。ティアの瞳から、一粒の雫がこぼれていった。

 ティアが落ち着きを取り戻すまで、心の支えとなるようにずっと側にいてあげる二人。

 その間にエルフィは、くまなく地下室を奥まで飛行し、動けない被害者もいるのではないかと想定しながら細かく確認していった。


「うっわ、思ったよりひでえなこれ……残骸まで積み上がってんじゃねえか。データ抜き取れるかわかんねえくらいって相当だな」


 あまりにも酷い、という他ない程に機械の死臭を幻視する、冥府のような地下室。

 供物というからには、生きた人々を利用してそれらしい儀式や生贄にするのかとも思えば、ただ無駄に機能不全に陥らせて鉄屑を積み上げているようにしか見えない。

 一体何がどうなっているのか。理解のできない状況が数多く目に止まりながらも、エルフィは大方の動けなかった人々の数を頭に入れて、大我達の方へと戻っていった。

 

「落ち着いたか?」


「…………うん、ありがとう大我、アリシア」


「いいってことよ、気にすんな」


 感情を吐露し、ようやく震えた心が落ち着きを取り戻し、ティアはゆっくりと一人で立ち上がる。

 そんな彼女の立つ姿は、どこか以前よりも力強く思えた。


「一通り見てきたぜ。確かに動けなさそうな人もいたな」


 一度離れていたエルフィが、心置きなく話を切り出せるタイミングを見計らって飛んでいった。

 感傷に浸る時間は終わり、ここからは戦いの時間へと戻っていく。


「運ぶんなら誰かが抱え込む必要がありそうだ……が」


 全員を助けるならば、怪我人を運び出す役目を負わなければならない。

 大我達がそれを負えば、霧の魔女を倒すという本命への支障となるが、捕らえられた人々がそれをしようにも、見て分かるほどに疲弊している。

 数人で一人ずつ抱えるのが現実的だが、それには明らかに数が足りなくなってしまう。


「私もそれを考えたの、最初に今の場所と外までの進路を確認してから一気にみんなで運び出そうと思って……入り口の側まで抱えて移動させようとも考えたんだけど、無理に何度も動かすのは危ないかなって」


「なるほどな……まあそこは俺に任せとけ。確認ついでにちょっと仕掛けをしておいた。……でだけどよ、全員を助けるためには、捕まった奴らは霧の魔女を倒すまでここで待機してもらうことになる。それを了承してくれ」


「そ、それって……まだしばらくここにいろってのか……?」


 すっかりと怯えた様子のエルフの若者一人が、恐る恐るその先を聞きたくないかのように問いただす。


「安心しろ、俺達があの魔女を倒せば済む話だ。それに、どうせあいつはお前らには下手に手出ししないしそもそも放置してたんだ。皮肉だが、結局はここが安全地帯ってことだな。しばらく上は騒がしくなるし、巻き込まれないようにここでおとなしくするのが丸いってこった」


「……わ、わかったよ」


 勝てばいい。シンプルかつわかりやすい結論。

 誘拐の瞬間は置いておいても、捕まってからは現時点で何もされていないのは自分達がよくわかっている。

 ならば確かに、精霊の言う通りここで待ったほうがいいのかもしれない。

 捕らえられた人々は、恐怖こそ完全に消えないながらも、それ以外に無いとひとまずの落とし所として納得して一旦下がることにした。

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