第241話

 大切な友達を誘拐した相手を追いかけている最中とは思えない程に落ち着いた空気にを包まれた車内。

 透き通るように心地よいハーブの香りに包まれながら、時折がたん、ごとんと強い揺れを起こす。

 大我はエルフィと共有するとして三人分提供されたハーブティーのカップは、大きな揺れの影響を少なくしようと底が深く、かつ半分よりも少々多い程度に茶を注がれている。

 

「少し落ち着いてきたかな?」


「ええ……まあ」


「茶飲んでる場合なのかこれ」


 ミカエルの言う通り、大我とアリシアの気分はそれなりに落ち着きを取り戻した。

 出発前後に精神を蝕んでいたザワザワとした気持ちも、今ではある程度収まったような気もする。

 だが、内心の焦りはまだ完全に消えたわけではない。


「もちろんこうして時間の経過を待つだけじゃないよ。これは必要な準備の一つでもあるからね。成り行きのままに連れてきてしまった上でこんなことを言うのは図々しいかもしれないけど……君達は霧の魔女についてどれ程情報を持っているかな」


 その質問に両腕を組んで考え込むアリシア。

 その横で大我は真剣な面持ちで考え込むが、彼の頭上と脳内にはハテナマークが大量に浮かび上がっていた。


「あたしが知ってんのは、ずっと前から濃い霧の日に突然現れて、老若男女種族問わず外にいる人をどこかへ攫っていくって話くらいだな。だから霧が現れる日は、みんな家を閉め切って中に籠もるようにするって」


「…………………………悪い、俺なんっっにも知らない。ぼんやりと聞いたことはある気がするくらい」


「そういえば大我君はアルフヘイムの外から来た……という話だったかな。そこの精霊からは何か聞いたりは?」


「俺もそれに関してはさっぱりだよ。たぶん、今アリシアが言ったことに毛が生えたぐらいにしか言えねえ」


 長らく現象も同然として捉えられていた霧の魔女の存在は、悩まされていても根本の解決に至ることは無かった。

 一時的な対処は可能でも、その場で立ち向かおうとするのはまさしく霧を掴む行為。その間に囲まれ捕らえられてしまう。

 その為、受動的な対策ばかりを強いられることとなり、問題解決への進歩が非常に滞ってしまっていた。


「なるほど。ひとまず簡単に整理していこう。今言った通り、霧の魔女は人々を生きたまま奪い攫いどこかへ連れて行く。今まで追跡を何度も試みた者はいたけど、ことごとく逃げられてしまっていた。その目的は未だ不明……だけど、聞き込みを続けるうちにいくつかの共通した単語は存在した」


 ミカエルは飲み干したカップをテーブルの上に置く。


「『お兄様の為』や『供物』という言葉だね」


「あっ、それは俺も聞きました」


「なるほどね……協力者がいるのは間違いないとして、下手すれば魔女はそんな行動の繰り返しを百年以上も続けている。僕が産まれる以前から彼女は存在しているけど……それだけの期間を要する儀式が果たしてあるのかな」


「無い……とは言えないな。何かを成すための長時詠唱を何十年も続けてるって可能性も無くはない……が、たぶんあの魔女、この霧に長時詠唱を使ってるみたいなんだよな。魔女が現れる前と後じゃ明らかに霧の濃さが違うし、何よりどれだけ卓越した魔法使いでも、これだけ離れた場所にそう簡単に影響を及ぼせるとは考えられないんだ」


「…………人々を供物にして、お兄様とやらに何かをしようとしている……というところかな。身内の事情をこちらに押し付けられるのは、中々たまったものじゃないね」


「ほんとだよな。そのお兄ちゃんも一体何してるんだか。そういや、結局連れ去られた人は一人も戻ってきて無いのか?」


「その通り、今の所それらしい報告も何もない。閉じ込められているだけなら助け出したいけど、そうでないならば絶望的……とはここで言わないでおこう。騎士団の隊を統べる者が、こんな弱気になってはいけないからね」


 どこまでも高貴に優雅に華麗に、冷静に状況整理と嫌な予感を覚えながらも、強気を崩さないように天使のような微笑みを残すミカエル。

 あくまで最悪の結果は想定こそするが、希望は常に絶やさない。無辜の人々を護るものとして、それだけは起こしてはならない。

 大我がバーンズに対して抱いた心強さとはまた違う、丸いながらも輝くような信念の光を胸の奥で感じていると、御者のガイウスがミカエル達に向けての状況報告を行った。


「ミカエル様。一帯の霧が晴れ始めました」

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