第217話

「本当にゴブリンだらけなんだな……なんか、昔ちらっと見たゲームとかの奴にやっぱそっくりだ」


「あ、あの…………襲ってきたりはしません…………よね……?」


「大丈夫、その時はセレナとこれが守るからね」


「てめえ俺をこれ扱いしてんじゃねえよ。まあ、そこまで強え奴らでもねえからな」


「ラントは何度か来たことあるんでしょ?」 


「何度もって程じゃねえよ。せいぜい2、3回立ち寄ったくれえだ」


 周辺を見渡しながら、ひとまず村の中を散策するように歩き回る一同。

 大我に来てほしいという依頼でありながら、その詳しい場所は書かれていないというやや親切さに欠けた内容であったために、どこに向かえばいいのかはあまり見当がついていない。

 初めて来た場所でかつ、一応来たことのあるラントでも踏み込んたわけではないため案内役にはなれない。

 とりあえず進めばなんとかなるだろうの精神で歩いていると、道中で二体のゴブリンが大我達の目の前に現れた。


「なんだよおい、この雰囲気……やるってのか?」


 ゴブリンの手には石製の農具らしき道具が携えられており、まるで都会の不良が威嚇するそれに近いような手付きでとんとんと手の上で音を鳴らしている。

 これはもしや正面からの殴り合いになるのか? と、雰囲気で感じ取った大我は構えを取るが、それから少し時間を置いた後、ゴブリン達は何事もなかったかのように去っていった。


「………………なんだアレ?」


 拍子抜けというような言葉が脳裏に浮かんだ大我。騒ぎにならずに済んだのは幸いだが、それらしい空気から何もなかったのは、やや調子が狂ってくる。

 とりあえずその妙な出会いを置いておき、先へ進んでみる大我達。

 時折じっと見つめる者や、何を言っているのかわからないような鳴き声をぶつける者もいたが、そのような時は総じて側にいた別のゴブリンがたしなめたり、怒るように声を出してていた。


「なんというか……妙な感じするな」


「ちょっと怖いところもあるけど…………えっと、そうでもないところも一緒……というか…………」


「なんだか、変だけど平和って感じ」


 ラントの言っていた話の通じる奴と通じない奴がいるというのはこういうことだったのだろうか? と思いながら、周囲への警戒を強めつつ歩き続ける。

 と、その時、正面の方向から走ってくる一人のゴブリンの姿を見つけた。

 大我達の姿を見つけた瞬間にゴブリンの足取りは早まる。その動作には敵意や害意は全く無く、まるで親しい人の姿を見つけたかのようだった。


「待ってた! あなたの顔と連れてる妖精のこと忘れてません!」


「というと……あの時襲われてたゴブリンか?」


「はい! カンテロっていいます!」


「じゃあ……依頼主ってことか」


 やや発音やイントネーションに怪しさが感じられるが、それでも言葉としてちゃんとはっきり伝えられているカンテロ。

 そのきらきらとした瞳は、真っ直ぐ大我とエルフィを見て離さなかった。


「どうしてもお礼言いたかったけど、どうすれば会えるのかわからなくて……最近ようやくあの街にいること知ったんだ。それで、お願いしてみようって」


「そういうことだったのか……依頼じゃなくても誰かに言ってくれれば」


「それは……どうやったらいいかわからなくて!」


 偶然巡り会った三人の、ようやくの再会。命の恩人にまた出会えたことに、カンテロの喜びようは傍から見ててもはっきりとわかった。


「後ろの人達は?」


「ああ、俺の友達だよ」


「あ?」


「面白そうってことでついてきたんだ。俺もいいよって言ったけど」


 ライバルではなく友達という言葉に一瞬ピクッと反応するラント。

 それは置いておいて話を続ける大我。


「そうだったんですか……わかりました。少しの間ゆっくりしててください。これからちょっと村長の所へ案内します!」


 一緒に三人を歓迎するように、ついてきてという仕草と共に背中を向けて歩きだしたカンテロ。

 礼儀正しく優しい雰囲気の彼の後ろを、依頼主と出会うというひとまずの目的が達成された大我は、行き道が定まったことに安堵しながらその背中をついていった。


「ついていくっつっても、大丈夫なのかこれ」


「大丈夫なんじゃない? 周りの騒がしさも消えてるし」


 周囲を警戒していたラントからもたらされる疑問を晴らすセレナ。

 セレナが言う通り、カンテロと合流した頃から、通りすがりの一部のゴブリンから向けられていた妙な騒がしさが消えたように感じる。

 たった今までほぼわからなかったのによく見てやがるなと、セレナへの驚きを見せながら、ラント達は大我達と同じように移動した。



* * *



「ここです! ここが俺達の村長の家です!」


 そのまま何事もなく歩き続け到着したのは、周辺の建物よりもしっかりと造られている、そこそこ大きな木造の家だった

 アルフヘイムやケルタ村などの家々を見たあとでは間違いなくデザインや洗練ぶり、大きさで見劣りはするが、それでも力のある者の家なんだろうなという雰囲気は感じ取れる。

 早速その家屋に入ろうとカンテロが扉に手をかけたその時、内側からひとりでに扉が開いた。


「そろそろ来る頃だと思っていたぞカンテロ」


「そ、村長!?」


 タイミングを照らし合わせたかのように出迎えてきたのは、カンテロや他のゴブリンと同じ緑肌で牙の生えた容姿ながら、老人的なシワや枯れた声と、年齢を重ねたということが見て取れる姿のゴブリンだった。


「…………なるほど、この方々がお前の言っていた者たちか。どうも、私はこのサカノ村を治めております、トガニと申します」

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