第208話
その姿はもはや人狼の形をした稲光。
長時詠唱によって高めたマナを纏いつつ、輝く程に両手に集中。閃光の如くレギオンへ突撃する迅怜。
無数の亡者のような手足や頭部の塊。接近するそれに一指触れるどころか反応することすら敵わず、機械の肉塊の中心に電撃弾ける風穴が開けられた。
突き抜けた迅怜の、膝をついての残心。
ほんの少しだけ遅れ、集束した電撃が風穴から弾けて暴発する。
「`*49tがdg.@⬛――――!!」
男女それぞれの声と電子音がぐちゃぐちゃに入り混じった、内容の一切を聞き取れない悲鳴が、いくつもの頭部から劈くように叫ぶ。
大地を穿つような雷撃が内部から一気に炸裂し、レギオンの固まった身体は爆発し弾け飛んだ。
地面に散らばる無数の人体。がしゃんと音を立てて壊れては、地面を転がり、動作の残照が見られる手足は胴体は、打ち上げられた魚のようにびたんと跳ねる。
迅怜の側へころころと転がってくる、下顎が壊れて両目を四方にぐるぐると動かす、かつてはネクロマンサーの女性であったであろう頭部。
きゅいいと剥き出しの駆動音を鳴らして小さな断末魔を立てるが、迅怜は容赦なく踏み潰して止めをさした。
爆風に乗って加速する大我の雷撃を帯びた全力の拳。その威力の前には単純な防御など意味を成さない。
その爆発的な一撃は、ヘルゲンの咄嗟の防御姿勢の上から叩き込まれ、土と木の腕によるブレーキすら貫通させた。
「がはぁっ……!!」
風の壁を貫くが如し。ヘルゲンは遥か後方まで、無数の木を折る程の勢いでぶっ飛ばされた。
全身に響き渡るとても重い衝撃と痛み。そして、数本折った後に速度がようやく殺され、壁にぶつかるような形でその先の大樹に衝突。ずるずると地面に降りていった。
その姿にはもはや、即座に反論や反撃を行うような気力や覇気は見られない。
ヘルゲンは実質的に戦闘不能状態へと叩き込まれたのだった。
「はぁ…………はぁ…………や、やった………! うっ、げほっ! げほっ! うぇぇ…………なんだこれ……気持ちわりい…………」
「たぶん思ったより内臓にダメージ来てたっぽいな。大丈夫か? 動けるか?」
「あ……ああ……一応大丈夫……うえっ」
熱雷の衝撃に巻き起こる煙。
状況と高揚した精神が過剰な程にアドレナリンを放出したからか、後から遅れてヘルゲンに叩き込まれたダメージが噴き出してきた大我。
吐き気と目眩、鳩尾への鋭く焼けるような痛みが同時に発出し、その場に跪く。
そんな状態を案じて背中に手を当てて優しく擦るエルフィ。そして、同時にトドメを刺した迅怜がやってくる。
「よくやった。お前ならやれるんじゃないかとは思ってたぞ。半々くらいでな」
「半々って…………げほっ、いてえ……あー気持ち悪い…………」
「お前はまだ未熟だが、可能性に賭けたってことだ。あまり動くと逆に身体に障るぞ」
「大我! 大丈夫ですか!?」
執拗なルイーズへの襲撃からついには守りきったティアとラクシヴも、大我のもとへと駆け寄っていく。
相当なエネルギーを消費したのか、ラクシヴの人型の姿は微妙に崩れており、ティアも疲労から両手を膝に乗せて、身体を屈めていた。
「ああ大丈夫。死んではいなうぇっ…………まあ大丈夫」
「あ、あの…………どうか無理をせずに…………みなさん、本当にありがとうございます…………」
身体の内部から沸き起こる不愉快さこそあるが、じきにこれは治るだろう。
ようやくの戦いを終えた大我達。こっそりとその中に入ってきたルイーズが、泣きながらの礼を伝えた。
「気にするな。俺達は偶然見つけた害虫を潰しただけだからな」
下手な気を負わせないようにと、軽く流すような言葉で締めを作る迅怜。
だが、そんな油断にこそ思わぬ隙は作り出される。
ティアの周辺に僅かに散らばっていた腕や足。沈黙していたそれらが突如動き出し、身体中に絡みつき始めた。
「きゃああっ!?」
「ティア!!」
「ちいっ!!」
いち早く反応したのは、唯一ほぼまともに動ける迅怜だった。
無数の密着した四肢は、抵抗するティアの身体を浮き上がらせ、ヘルゲンが吹き飛ばされた方向へと移動していく。
仲間の身体が面積の大部分を占めている以上、下手に雷魔法を使用するわけにもいかない。
咄嗟に手を伸ばすが追いつかず、そのまま運ばれてしまった。
倒木の先から姿を現したのは、ボロボロという言葉が相応しいであろうヘルゲンの姿だった。
自身がぶつかった木から作り出した、今にも崩れそうな無数の腕に支えられながら、じたばたと必死に暴れるティアの側まで近づいていく。
「あの野郎、あんな一発喰らっといてまだ動けんのか」
「私の悲願の成就のため……まだ…………倒れるわけにはいかないんでね…………もし君達がそこから少しでも動けば、この女をその場でアンデッドに変えてやろう。それが惜しければ、今すぐルイーズを私の元へ連れてくるんだ」
執念に突き動かされるヘルゲンの人質作戦。
ただのハッタリならばすぐにでも接近して倒せるだろうが、奴ならばいくら自身が瀕死状態でも、即座にアンデッドに変えてしまうことも可能であろう。
犠牲を下手に出さない為にも、迅怜は全力を以ての接近準備を整え構える。
「もうやめろ! がほっ、お前はもう負けてるんだよ。そんなことしても、もうどうしようもないだろうが!」
痛みを堪えながら叫ぶ大我。
その必死の叫びも、ヘルゲンは一笑した。
「それがどうした。私はまだ諦めない。私が私である限り、ネクロマンサーの理想郷を作り上げる野望は潰えない。ならば、まず障害となるお前達に、この先の傷を増やすことなど!」
迅怜が全速力で接近する。
そして、ヘルゲンの右手が、ティアのじたばたしていた右手に触れ合った。
「!!!!???」
その時、ヘルゲンの眼が何か深淵を見てしまったかのように大きく見開かれた。
ティアの身体には何も影響が発生した様子は無い。屍を作る為の即死魔術は不発に終わったのか。一体何が起きたのか。
直後、ヘルゲンの背後から縦に振り被る拳が見えた。
ヘルゲンはそれに気づく様子は一切無く、死角からもたらされた一発を思いっきり喰らわされた。
「がぁっ…………」
蓄積したダメージがその一撃で振り切れたのか、最後の踏ん張りも虚しく、ヘルゲンはそのまま気を失い地面に突っ伏し倒れた。
ティアの拘束も解除され、ようやくの安全を取り戻した。
最後の攻撃を喰らわせたのは一体何者なのか。ティアがその方向へと視線を向けると、そこにいたのはルイーズが操るメアリーだった。
ヘルゲンによる所有権奪取の抵抗が必要なくなったことにより、自由に操り動けるようになったいたメアリーは、主人の指示によって裏周り、密かに攻撃の機会を伺い、そして最後の一発を叩き込んだのであった。
「なななにをなにをしししますしていますかかか? はい。あは、きき今日はゆゆ床掃除床掃除ををを」
「…………もう私は、絶対に戻りません。どうか、他のみんなを犠牲にした分まで、苦しんでください」
ルイーズの決別を示した最後の攻撃。
ヘルゲンの所には決して戻らない。戻る必要もない。気の弱い彼女が、心の底から吐き出した言葉だった。
「あの、皆さん……本当に、ご迷惑をかけて……」
「いいんだよ謝らなくて。大抵あのストーカーが悪いんじゃけえ。あたしがあいつ拘束しとくね」
しんみりとした空気を作らないようにラクシヴが途中で遮りながら慰め、全員でティアのもとへと駆け寄っていく。
ラクシヴは身体の一部を膨らませ、人間一人入れそうな大きな肉塊を作り出して切り離し、それを気絶したヘルゲンに叩きつけ、身動きが取れないようにと取り込んだ。
「大丈夫かティア! 怪我はないか!?」
「う、うん……ちょっと痛かったけど、大丈夫です」
身を案じてティアのもとへと駆け寄り、無事を確認して安堵する大我。
だがその一方、肝心のティアの表情はどこか優れないようにも見えた。
「…………本当に大丈夫なのか?」
「えっ? だ、大丈夫! 私はなんともないですよ! みんなのお陰でまた助けられちゃいましたね」
ちょっと誤魔化すように笑ってみせるティア。この場ではなんとか大我の納得を得て流したが、彼女には小さくもどこかに引っかかる疑問が、現時点では秘められる規模ではあるものの浮かび上がっていたのだった。
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