第209話



 偶然と必然、両方の引き合わせによって始まったネクロマンサー組織との衝突は、大我達の勝利によって終結した。

 しかし、全てを終えた後でアルフヘイムに移動しようにも、大我が受けたダメージが本人が意外と感じるほどに響いていた。

 一同は休憩と状況整理の意味も込めて、ルイーズの自宅へもう一泊だけすることとなった。

 この戦いで消耗した大我とラクシヴは、提供された夕飯を食べに食べ、それから間もなくぐったりぐっすりと眠ってしまった。

 怪我をしているのに元気なものだと、一同はちょっとだけひやひやしながらも安心した。

 農作業や建築作業などに従事していたワルキューレ達やメアリーは、個体それぞれの無事の確認後、荒れに荒れた土地を元の状態に戻すために働き、少しずつながら戦いが起きる前の姿を再現しようとしていた。

 肝心の元凶であるヘルゲンは、未だ気絶したままラクシヴが作り出した肉塊袋に全身を包まれ、目を覚ました後も身動きを取れないように完璧に拘束されていた。

 激しい戦いの後の日常。ルイーズにはそれがとても尊いものであると、改めて自分感じられたような気がした。


 そしてその日の夜。月が夜空に上り、光を照らす頃。

 どうにも思い悩みがあり眠れなかったティアは、ルイーズ邸の前に置かれた大きなテーブルの前に座り、じっと俯くように下を見ながら考え事をしていた。


「………………うーん」


 悩み事は一つではない。ティアの中に渦巻くそれが、思考を鈍らせ眠気を妨げる。

 相談しようにも、こんな夜では気が引けるし、何より睡眠を妨げてしまうだろう。

 現に大我とラクシヴは、既にぐっすりと就寝している。

 もうすぐ深夜と言える時間帯の星空の下。どうしたものかと考えていると、ルイーズ邸の入り口が開く音が聞こえてきた。


「あれ、迅怜さん?」


「何してんだそんなとこで。残党が残ってるかもしれねえし、寝ねえと体力が戻らねえぞ」


「そういう迅怜さんは……」


「俺はもう慣れてるからな、いいんだよ」


 姿を現したのは、つまみらしき干し肉を手に持った迅怜だった。

 一人夜空の下で戦いの後の空気を楽しもうと思っていたら、予想外の先客がいた。

 それもまあいいかと考えながら、迅怜はティアとは向かい側の席に座った。


「どうも、何か思い詰めてるって顔してるな」


「あれ、顔に……出てました?」


「そりゃあな。そもそも何もなけりゃとっくに眠れてるだろ」


「…………あの、迅怜さん、少し大丈夫ですか?」


 経験の差と言えるものか、修羅の時を過ごした実力者にはやはり敵わないなと思いながらも、ティアは今この状況ではこの人になら話せると思いつつ、恐る恐る確認を取る。


「話だけなら聞いてやる。答えに期待はするなよ? 俺はそういうの苦手だからな」


 話を聞いてくれるだけでもありがたい。少しだけティアの胸にかかっていたモヤが晴れた気がした。

 そうと決まればと、ティアは早速口を開く。


「ありがとうございます。あの……今回私が受けようとした依頼……本来は、私が大我にちょっと付き合ってもらって、実力をつけようとしたものなんです」

 

「というと」


「…………最近、私達の周りやアルフヘイムで色んなことがありましたよね? カーススケルトンが増えたり、あのボアヘスが現れたり」


「それがどうかしたのか?」


「…………私の周りは、とってもすごい人達ばかりです。大我は出会った頃はちょっと走っただけで息切れするくらいだったのに、今じゃエルフィがついて、バレン・スフィアを消滅させたり、今日なんかネクロマンサーのボスを倒したり」

 

 迅怜が軽く干し肉を噛みちぎる。


「アリシアも、あのエヴァンさんの妹というのもあるかもしれないですけど、すっごく強くて、流れるような弓捌きに炎に体術に。私には到底追いつけないくらいです。ラントも、自分は本当は土魔法や戦い方は向いてないと言いながらも、あんなに頑張って修行して。ルシールやセレナだって、戦いはしないけど、氷魔法や雷魔法はうまくて…………みんな戦えるのに、私はサポートしかできなくて……みんなに迷惑かけちゃってるんじゃないかって、足を引っ張ってるんじゃないかって、ちょっと前から思うようになったんです」


「………………大我を見てると、そう感じてるようには見えねえがな」


「……考えすぎ気味なのはわかってます。けど、これから何があってもいいように、私もみんなと一緒に肩を並べられるようにしなきゃって、そう思ったんです。でも、いざ戦うとなると……私の経験はみんなの手伝いやサポートばかりで実戦はあんまりしたことなくて……風魔法は少しだけ自信ありますけど、それだけじゃあって…………だから、戦いの経験を積もうとこうして出向こうとしたんです。けど、今回もこれじゃ……」


 周囲のレベルの高さを省みた自分の不甲斐なさ。それが今回、大我とクエストに行こうという動機を作り出した。

 肉を食いながら黙って耳を傾けていた迅怜は、うまみと一緒に飲み込んだ後で改めて口を開いた。


「とりあえす、今はそれでいいんじゃねえのか?」


「えっ?」


「…………向き不向きの話をするか。人にはそれぞれ、自分に向いたこと、向いてないことがある。それは自分からは大抵気づけない」


は、はぁ……」


「話を聞いてると、お前はサポートの方が向いていると見える。何も無理に前線に立つ必要は無い。やれることをやった方が気が楽だし、身体も動くってもんだ」


「で、でも…………」


「それに、不向きなことを無理にやろうとすると、逆に足を引っ張っちまうことが多々ある。受け入れることも重要だ」


 ぐうの音も出ない諭すような正論。

 そうですよね……と、諦念を言いかける前に迅怜は言葉を続けた。


「……つっても、それはそれとしてやりたいことはあるよな。すげえ気持ちはわかる」


「へっ?」


「確かに今回の戦いを見ても、お前は経験不足だ。だが、逆を言えばこれから強くなれる余地はある。周りはよく見えてるし、ラクシヴへの手助けは冴えていた。それは正面からの戦いでも応用できることだ。いきなり実戦を積むのも悪くねえが、まずは練習を積むことだ。せっかくいい参考が周りにいるんだからな」


 向いたことをやったほうがいい、という前提を置いた上で、ティアの意思を尊重するアドバイスを伝える。

 彼女の気持ちはとてもよくわかる。だからこその完全な否定も肯定もしない。迅怜なりの親切心だった。


「それに、大我やお前の周りのことはもっと信じてやれ。付き合い長いんだろう? 大我の野郎も、少なくともお前を邪魔だと思うやつじゃぁねえさ」


「……そうですよね、ありがとうございます。なんだか付き合わせてしまって」


 諦念ではなく、やるべきことが見えたという希望がこもった言葉を口にするティア。

 もやもやを吐き出し、優しいアドバイスと客観的な言葉をもらい、気持ちがようやく晴れた気がする。ティアの表情はどこか枷が外れたように柔らかくなっていた。


「ふん、向いてねえことにぶつかるってのは、嫌というほど気持ちがわかるからな。ラントとかいう奴もそうだ。やりたいことと向いてることは別。だがそれでも、望みってのは抑えられねえもんだ。…………人狼が魔法をたいして使えねえってのは知ってるよな」


「ええ、まあ……」


「俺は雷魔法が使いたくて、極めたくて仕方なかった。最初の軽い奴ならすぐにも使えたが、そっからはずっと伸び悩んだ。いくら修行しても実戦を経てもたいしてうまくならねえ。あの時は相当苛ついてたな。産まれを恨んだりもした。だがそれでも修行を続けてきた。だから今の俺がある」


 残った干し肉を全て口に放り込む。


「無理はするんじゃねえぞ。俺みたいに無理矢理先を目指し続けるのは修羅の道だ。だが足を踏み入れるのは悪くない。自分のやれる範囲を見極めておけ」


「は、はい! ありがとうございます!! それと……もう一つ相談したいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」


「ああ。俺で出来ることならな。この話を終えたらとっとと寝な」


 雷雲過ぎ去った後の恵みのような、それぞれの警戒心無き空気。

 二人の話を玄関の近く、微妙に見えない位置からずっと効いていたルイーズは、自分の向き不向きや目指したいことを改めて考え、ぐっと胸に秘めて家の中へと戻って言った。




 ティアが離れた後、一人月明かりの下で空を眺める迅怜。

 自身がティアに向けた言葉とアドバイスを反響させながらも、それを改めて自らに転化しながら考え詰めていた。


「向いてねえこと……か。あんなこと言ってたが、俺もまだまだだ。エヴァンの野郎をいつかぶっ飛ばせるまではな」


 己が観定める最大のライバルを真正面からぶっ飛ばすまで、まだまだ止まるわけにはいかない。

 最強の男を雷魔法を駆使して倒すという大目標。心の燃料が注がれていく。


「戻ったらもっと修行するか」


 小さく口にした、変わらない目的。迅怜はふうっと溜息を吐いた。

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