第199話

「思ったより拍子抜けね、こりゃ」


「はしゃぎすぎな気がする……」


 ラクシヴとティアが協力して、怯え竦むルイーズを護るようにして四方からの襲撃を退ける。

 主に攻撃や迎撃を請け負うのはラクシヴ一人だが、B.O.A.H.E.S.としての能力が存分に活かせる絶好の好機でもあった。

 ラクシヴは自身の能力の新たな使い方、生物的能力の組み合わせ、挙動や移動方法と、自身が持つ力はどのようにして扱うことができるか、どんなことができるのかと、最大限に活かせる方法をずっと森の中で考察し実験をしていた。

 その結果、キメラとすら思えないような人型の異形として度々違う姿で目撃されることとなった。

 一見珍妙でしかないものだったが、そんな過程を経てラクシヴの中ではいくつもの確かな手応えが生まれていた。


「たがが小娘二人程度に!」


 一人のネクロマンサーが、人間の形が崩れる程の魔改造を施したアンデッドを動かし、まるでピッチングマシンのように短いスパンで何発もの矢をラクシヴ目掛けて放った。

 それをラクシヴは敢えて受け止め、胸や腹部、額を貫かせた。

 背面まで顔を出した矢じりと共に、僅かな肉塊が地面に飛び散るが、ラクシヴは笑顔を崩さず仰け反った身体を元に戻した。


「こんなんじゃ、僕を殺せないっての」


 ぐちゅっとスライムが弾けるような音と一緒に、無理矢理矢を引っこ抜くラクシヴ。

 人が死ぬ姿、壊れる姿を何度も見たことがあるネクロマンサーでも、人の形をした人ならざる異形の姿など見ることすら滅多にない。

 自らが作り上げた武装が全く効いていない姿に、怯えの感情を込めながら戦慄する。


「これはお返し!」


 目には目を、飛び道具には飛び道具を。ラクシヴは右腕をサイの角のような白く鋭利な物質に形を変え、根元からガス噴射の推進力を用いて射出した。

 その速度は弾丸の如く。鷹の目の能力を使った正確性も合わさり、角は真っ直ぐ異形のアンデッドの胸部を一撃で貫き、そのまま崩れ落ちた。


「ラクシヴさん危ない!!」


 一方の迎撃に気を取られている隙にと、また別のネクロマンサーが、三体がかりでアンデッドに接近戦を仕掛けさせた。

 刃物や鈍器類と、殺意の塊のようなカスタマイズを施されている個体の接近に、ティアが危険を報せるために声を出しつつ、風魔法の風圧弾で一時的に足止めした。

 だがその威力が三体を一気に吹き飛ばし切るには足りず、全身をよろめかせるだけに留まった


「くっ……やっぱり咄嗟の発動じゃ威力が……」


「いや、助かったッスよティア!」


 数秒の合間は一生の命取りとなる。それを現実のものとするように、ラクシヴが両腕を肉塊に戻して触手の如く伸ばしていく。

 前進するごとに先端の形は強靭な熊の腕に変化し、木々を振り払うように隙を晒したアンデッドを強引に薙ぎ倒していった。

 豪快な一振りで屍の頭は吹き飛び、腕は潰れ、身体は異音をたてて折れ曲がる。

 続けてその伸ばした熊の手のひらから、拡散性の蜘蛛の糸を大量に吐き出し、ネクロマンサー達をまとめて雁字搦めにして一切の行動を封じてしまった。

 自身の親、B.O.A.H.E.S.が取り込んだ何千何万それ以上の生物の特性を理解し、変化する肉体という自由度を活かして戦法に取り入れる。

 ラクシヴは、この世界でただ一人、自分だけが扱える戦い方を編み出したのだった。


「すごい………ラクシヴ、会わない間にこんなに強くなってたんだ……」


「へへ、私だって、大我やティア達の力になりたかったんだもの。うちを生かしてくれたせめてものお礼としてね」


 恩人への感謝の念が、ラクシヴを世界の住人としての一歩をさらに後押しした。

 彼女もみんなも頑張っている。自分も負けていられないと、ここへ来ることになったキッカケでもあるティアは、自身の感情を鼓舞させ、得意の風魔法によっての最大限のアシストに集中することにした。


「バカな……こんなにも押されるなんて……!」


 一方、数では圧倒的な利を持っているはずのネクロマンサー達は、ほぼ一方的に押されてしまっている現状にただ驚きたじろぐしかなかった。

 本命のルイーズを狙うにも、360度全方位を視界に入れられるラクシヴには確実に捕捉され、捌ききれない分はティアがカバーする。

 それだけでも手一杯なのに、狂戦士の如く自らの身体で暴れまわる大我が、さらなる戦力の分散を促進させる。

 たった四人の護衛に歯が立たない状況にたじろぐしかないネクロマンサー達。

 一体どうすればいいんだと、ちらっと一人がヘルゲンの方へ視線を移す。

 ヘルゲンは笑っていた。

 進展しない状況への怒りを発露しているわけでもなく、ただ過程として認識しているかのような冷たい笑い。

 ネクロマンサー達は奥底からの恐怖に襲われ、これまでよりも必死に、まるで後がないように焦り、攻撃を始めた。


「なんだ、いきなり攻撃が激しくなってきたぞ」


「気をつけろよ大我。なんだかんだ言ってもこいつらはそれなりに強いんだ。お前の身体でも、下手したら怪我するぞ」


「わかってるっての!!」


 全力で動き回りながら受ける波状攻撃に、目に見える範囲の攻撃を細かく避けながら、右に左にと横移動を加えて狙いをブレさせ当たらないようにする大我。

 この程度の一斉攻撃ならば、バレン・スフィアで放たれた矢や一斉攻撃の方がよっぽど怖かった。

 大我の確固たる自信は、ネクロマンサー達の激化した攻め手にも怯むことはなかった。


 何かを恐れているように、大我やラクシヴ達への決着を早期につけようとするが、戦況がひっくり返る様子はない。

 むしろ、自分達の手を出し尽くした分、ジリ貧にもなっていく感覚が奥底から湧き上がってきた。まるで、自分達の実力は奴らに到底届かないと突きつけられているようだった。

 その時、ずっと争う姿を見つめ続けていたヘルゲンが、改めて口を開く。


「…………そろそろこの辺りが限界かな」


「――――!!? お、お待ち下さい! 私達はまだ……」


 すぐ側の女性ネクロマンサーが、喉元にナイフを突き立てられたような怯えた声で、ヘルゲンの行動に待ったをかける。

 それまで確実に叩き潰してやるという強気に満ちていた彼女だったが、手や足が震え、今にも泣き出してしまいそうな弱々しい姿になり果てる。

 だが、そんな声に耳を貸すこともなく、ヘルゲンは両手のひらを空へ向け、黒い炎を浮かび上がらせる。


「待ってください! ヘルゲンさ……」


 そして、黒炎を握りつぶすように両手を閉じた次の瞬間、大我達を大きく取り囲んでいたネクロマンサー達が、一斉に苦しみもがき始めた。


「な、なんだ一体! 何が起き始めた!」


 何の前触れもなく、攻撃したわけでもないのにいきなり苦しみ始めた敵に、理解の追いつかない大我。

 

「ルイーズさん、一体これは……」


「あ、あれが…………ヘルゲンの力の一つです…………生きた者でも、たちまちアンデッドに変えて、自分の兵士にしてしまう…………」


 部下であるにも関わらず、容赦なく死体へと作り変えていくその外道ぶりに息を呑む一同。

 少しずつ苦しみの声が少なくなり始めると、今度は本能的に音を出しているようなうめき声ばかりになり始めた。

 どうか踏みとどまってほしいと意見しようとした女性ネクロマンサーも、恐怖すら考えられない屍の状態へと変わり果て、涙を流していた瞳は片側が白眼を剥き、ふらふらと腕を振り子のように揺らしていた。


「さて、今度は容赦しないよ。私の部下には捨て身で君達を殺してもらうことにしよう。さあ、第二幕と行こうか」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る