第200話





 大我達を大きく取り囲んでいたネクロマンサー達が、一瞬にしてヘルゲンの意思持たぬ駒としての屍に成り代わる。

 倒されていないアンデッド達の所有権もそのままヘルゲンへと移り変わり、人形劇の如きフィールドが作り上げられた。


「おい嘘だろ、あいつ仲間を全員アンデッドにしたってのかよ!」


「ネクロマンサーってのは、大抵価値観がぶっ飛んでるのが多いんだよ。ルイーズがマジで特殊ってだけで。にしても、こりゃさすがにやべーな……」


 あまりのわかりやすい外道っぷりにドン引きする大我に、一応の冷静な解説を入れつつもあいつマジで頭おかしいという内心の感想を隠さず吐き出すエルフィ。

 操られるアンデッドだけならば、対処しつつ本人を叩けばいくらか楽をすることできた。

 一人ひとりに個人としての判断や能力があっただけに、戦法もバラバラだった。

 だがそれが画一化されたとなれば、統率力も遥かに向上する。意思なき駒の非常に都合の良い点である。


「なんであんな酷いことを…………」


「…………あれが、ヘルゲンって人なんです…………私も、そんな姿を見てきました…………普段は仲間には優しく振る舞っていますが、目的のためならなんでも犠牲にできる。そんな…………人です。でも、あそこまで酷いのは見たことがなかった…………」


 ヘルゲンのことをある程度知っているルイーズにすら、一体何があったんだと思わせる程の行動。

 理解できない領域に踏み込んだ敵は、何をしてくるかわからない。ラクシヴとティアは、小さく呼吸を整えて眼の前に集中した。


「君達の実力はだいたいわかった。だが、ここで終わりだ」


 ヘルゲンは大我達を指差し、アンデッドとなったネクロマンサー達に襲撃の合図を放った。

 一人として、返事や合図を返す者はいない。ただ呻き声と残照のような声を発してフラフラと動くだけ。

 だがその直後、何体もの視線が大我に、ティア達に、それぞれ大きく2箇所に集まる。

 そして、人の形をした化物と思わせるような勢いで一斉に突撃を開始した。


「速い!!」


 その挙動は、それまでネクロマンサー達が操っていたアンデッド達とは比べ物にならない程に素早く、自身の構造を無視した挙動すら行いながらの不気味な捨て身行動。

 それがむしろ、何をしてくるかわからないという不確定要素を生み出し、大我の足を一歩後ろに下がらせた。


「でりゃあああ!!!」


 真っ先に大我に近づいた一体が、全身を大の字にして空中から飛びかかってくる。

 大我は焦りこそあったが、冷静な心持ちを決して崩さずに豪快な対空のアッパーを胸の位置に叩き込んだ。

 拳の部分になんだか柔らかな感触がフード越しに伝わる。

 重い一発を喰らったアンデッドは、痺れたように全身をガクガクと痙攣させて動かなくなった。

 停止したと思われた直後、再び全身を震わせ、四肢の関節部を金属の異音と共に鳴らしながら、蜘蛛の足のように大我の身体を掴みにかかろうとした。


「うわっ!?」


 不気味さと危険性を同時に本能に感じた大我は、直ぐ様アンデッドを投げ捨て蹴り飛ばし、後方まで大きく距離を離した。

 ごろごろと他の死体を巻き込みつつ地面を転がる生ける屍。

 回転が止まると、仰向けのまま両肩を無理やり手のひらが地面につくように曲げ、四本脚となって走り出した。


「次から次に来るぞ! 絶対に手を緩めるなよ大我!!」


「んなことわかってる! けどさすがにこいつら無茶苦茶でわけわかんねえよ!!」

 

 手をこまねいていたことが嘘のような波状攻撃。全方位を視界に入れたラクシヴと、ティアの二人体制ですら厳しいものを感じ始める


「大丈夫ですかティア!」


「だ、大丈夫……まだなんとかなります」


 ラクシヴの迎撃によって詠唱の時間が生まれ、得意の風魔法による竜巻を巻き起こし、突風で足止めと、徹底的な足止めを敢行するティア、

 だがその攻撃も、強化を施されたアンデッド達の壊れかけでも自身を省みない捨て身の特攻をどうにか蹴散らし吹き飛ばすだけで限界が近い。

 そして、状況はさらなる悪化の一途を辿ることとなった。


「君達の力では、これらを片付けるので手一杯かな」


「な、ヘルゲン……!」


 余裕を潰された絶好の好機を、その戦法を仕掛けた張本人が逃すはずがなかった。

 非常に余裕を持った様子で、図々しく近づいてきたヘルゲン。

 うっすらと浮かべられた嘲笑に侮蔑の眼差し。まるで既に勝利を手にしたかのような雰囲気を漂わせていた。


「やばい! 今そっちに…………がはっ!」


 それに気づいた大我が、非常にまずいと焦りを表にしつつダッシュしようとした。

 しかし、そこにアンデッド一体のフォームもクソも無いぐちゃぐちゃなタックルが叩き込まれた。

  

「ち、力つええ……」


 鉄塊がまるごと飛んできたような衝撃に、咄嗟に防御の構えを取り、なんとか踏ん張りギリギリ吹き飛ばされないように耐えた大我。

 ガードされてその勢いを保って飛んでいったアンデッドは、崖から落ちてきたようにごろごろとぐちゃぐちゃに転がりまわった。


「さあ、まずはルイーズを返してもらうとするよ」


「しまった! クソッ!!」


 怯えるルイーズに、ヘルゲンの魔の手が伸びようとした。


「嵐影靭!!」


 その時、ヘルゲンに質量を持った神速の雷が矢のように飛び込んできた。

 鋭利な殺気と気配を感知し、命中をギリギリのところで回避し後退する。

 電撃は漆黒のフードをほんの僅かに焦がし、小さな煙を上げさせた。


「…………意外だね、ちゃんと足止めさせたのに」


「あれで足止めした気になったのなら、随分と舐められたもんだな。やり口は中々だが、見積もりはクソ甘いらしい」


 絶体絶命の状況で、雷の着弾点に降臨した雷霆の人狼。

 それはまさしく大我たちにとっての天恵、救いの手だった。


「今ので相当ムカついてきたな。俺の気が済むまで、てめえの脳天ぶち抜いてやる」


「じ、迅怜さん…………!」


「悪いな、かなり遅れた」


 ヘルゲンがけしかけたネクロマンサーを掠り傷負わず全員蹴散らし駆けつけた迅怜。

 闘志と個人的な怒りを形にした電撃は、蒼く燃えるように輝いた。

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