第186話

 テーブル上での対面を終えてからしばらく経った頃。大我達はそれぞれ分かれてアンデッド達が行う作業の手伝いに加わっていた。

 大我とエルフィはワルキューレ達と共に農業の手伝いを、ティアは家内にてルイーズやメアリーと共に清掃を、そして迅怜は森の中で木々を切り倒し、丸太の収集を行っていた。


「まさか、こんなことになるとはなエルフィ」


「俺も正直予想外だよ。ただ目標を倒して終わりかと思ってたのに」


 お手製の木の鍬を握り、そこそこ慣れた手付きで土を抉って掘り返し、抉って掘り返しを繰り返す大我。

 所々に生えている雑草はエルフィが抜き取り、耕した土の上に乗らないように畑の側に積み上げていった。


「依頼の上に依頼が重なるなんてな。それも泊まり込みで」


「内容が内容だったしな。何が起きるかわかんねえってのも怖いし」


 その元々の上に重ねられた依頼の内容は、数十分前に遡る。


『一緒に暮らすって……どういうことだ?』


『えっと、言葉通りの意味です。数日程同じ場所に過ごして、それで…………私が感じてる妙な気配の正体を探ってほしいんです。あっ、寝床は用意しますので……』


『さっきまで一人で居たいからここにいるって言ったばかりだろうが。どういう風の吹き回しだ?』


『はい。私も本当はあまり気が進まないんです……でも、なんだか嫌な予感がするというか、私だけじゃあどうにもならないというか……だから、利用するというわけじゃないですが、あの…………強そうな皆さんの協力を得ようと思って』


『嫌な予感っていうのは……具体的にはどんな感じかわかりますか?』


『…………どう言えばいいのかわからないですが、なんというか、えっと……追手はまだ来ていないとは言いましたが、つい最近、私がネクロマンサーの組織にいた時の感じというか、変な圧力というか……それと似たような変な気をちょっとだけ感じたんです。その時はあまり考えたくないから気のせいだと流してたんですが……やっぱり気になって……なので、皆さんにそれがいないことの証明をお願いしたいんです』


『その隠れてる奴がいるのかどうか、もしいたら正体が何なのかを調べればいいんだよな?』


『……はい。そういうことです。もっと言えば、どうか私の護衛をお願いしたいんです』


 ルイーズは頭を縦に振った。

 考えれば考える程パニックに陥る傾向があるらしい様子に、四人は話し方を考えつつ接することにした。

 その時、大我の脳裏にふと一つの繋がりが浮かんでくる。


『………ルイーズさん、アンデッドを使って誘拐したりとかは?』


『し、してないですよそんなこと! 私のアンデッドは、ここにいるみんなだけです!』


『ですよね…………ということは』


『あの捜索依頼やアンデッド討伐依頼は、そのネクロマンサー連中が彷徨いてることの証左になる可能性がある……か』


 大我と迅怜が同時に結論を導き出した。

 ルイーズの発言が全て真実という前提なら、一般人の誘拐やアンデッドの増殖は、その組織の者たちの仕業という線が濃厚になっていく。

 その目的はまだ全く掴めないが、可能性の一つとして考えるのはアリかもしれない。

 見えない敵が存在する前提の考察ではあるが、それが正しいかどうかは共に過ごす生活の中で明らかになるはず。

 そもそもアンデッドと共に一人でいたいと願うような人物が、自ら共同生活のような手の内を全て探られる可能性の高いハイリスクな提案をするという行為が謎を呼び寄せる。

 本当にこの場で信頼して自分達に任せようと思ったのか、はたまた自身が一帯を騒がせているネクロマンサーではないというアリバイ作りか、それとも自分達には理解できない目的が存在しているのか。

 何にせよ、それは今後判明していくことだろう。


『まあ、しばらく様子見てりゃ自ずとわかんだろうよ。んで、もう一つのは?』


 エルフィが間に入り、もう一つの依頼について質問ずる。


『はい。アンデッド達からの記憶を見る限り、どうも妙な生き物がいるみたいで……』


『というと?』


『なんといえばいいのか……両腕に蟹の鋏があって、両足が蛙で、頭が鷹になってた……女の人? だったような』


 大我とエルフィ、ティアは、思い当たる節があるような微妙そうな顔で、やはり当初の依頼者が目撃したらしい奇妙な生物はアレではないのかと、確定こそしていないが小さく納得した。

 

『お前らそんなキメラに心当たりあんのか』


 そんな無茶苦茶な姿をした人物に心当たりがあるのかと、迅怜が奇妙なものを見る眼で三人を見つめた。

 証言からしておそらくそれはキメラなどの類ではないが、話の中だけでも異質さが際立ってくる。


『ええまあ……おそらくあれかなと』


 その後、三人はその心当たりについての情報を二人に共有し、ひとまず話を切り上げた。

 それからはルイーズのお願いにより割り振られた仕事をそれぞれに引き受け、現在に至る。


「あれからどこにいったんだとは思ったけどさ……まさかこの辺りをうろついてるなんてな」


「まあ、どこでも暮らせるとは言ってたし、実際それだけの能力はあるだろうしな……それよりも」


 突如やってきた農業に勤しむ中で、大我はちらっと隣を見る。視線の先には、アンデッドとなったワルキューレが、無心で農具を扱う姿があった。


「俺を殺そうとした奴等に、まさかこんな形で出会うとはな」


 これも不思議な縁なのか、一対多の殺し合いを繰り広げた敵と、死後の姿での遭遇は、なんとも言えない珍妙な気分にさせられた。

 戦いの時もそうだったが、人間の女性の姿を象っていながら、表情も変わらずただ冷たい殺意を以て襲いかかるだけ。

 そんな彼女達の平和な姿は、この世は何が起こるかわからないことを改めて実感させられた。

 と、一体のワルキューレが視線に気づき、首をかたかたとさせながら大我の方を見つめる。

 左眼は真っ直ぐ見つめ、右眼は白眼を剥くように斜め上の方へと動いていた。

 震えながら軽く首を傾げるように動かした後、再び農作業へと戻っていった。


「さ、俺達も続きやるか」


 少なくとも今は敵ではない。命のやり取りをする必要はない。

 事が動くその時まで、大我とエルフィはしばしのスローライフを楽しむことにした。


「そういやお前、昔なんかそういう作業やってたのか? 慣れてるっぽいけど」


「授業の一環でやったことあるんだよ、農業体験」

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