気がつけば、新世界！？

第185話

　静まり返る室内。三者三様の表情が顔に現れる。

　大我とエルフィは神妙な面持ちで内容を受け止め、ティアは心配そうな顔でルイーズの顔を見つめ、そして迅怜は一人、何かを脳内で整理しているように小さく唸り、ルイーズに時折視線を移しつつ思考を巡らせていた。

　そして、最初にティアが口を開く。

「大変……だったんですね」

「……はい。隠れることはできてるのかもしれないですが、もしまた見つかるかもしれないと思うと怖くて……」

「もしまた見つかった時は、どうするんですか」

「……その時はまた、逃げようと……それか、頑張って戦おうと思います。やっと手に入れた居場所ですから、もう誰にも邪魔されたくない……って」

　この返答の瞬間、エルフィが、ん？　と違和感を覚える。

「あの、もしよければ、その組織の特徴とかあれば……教えていただけませんか？」

「……これといった、共通するような大きな特徴は無いですが……敷いて言えば、黒いローブを羽織っているところですね。それが正装であるかのように着ていました」

「黒いローブ……」

「あ、それと、大抵の人がアンデッドを引き連れていました。なんだか、まるで自分に護衛をつけるみたいに……ある程度目星をつけやすい特徴はこれくらい……ですかね」

　もしかしたらどこかで、そのネクロマンサーの組織と遭遇するかもしれない。

　そんな時のために参考として質問を向け、答えをひきだしたティア。

　気をつけておこうと考えていたその横で、エルフィが新しい質問をぶつけた。

「なあ、一つ俺からもいいか？」

「ああはい、なんですか？」

「その組織の奴に見つからないようにってのはいいけど、それ以外の人に見つかったらどうすんだ？　こんな場所に誰かいるってなったら、それこそ情報が漏れるだろうに」

　その質問に、大我とティアが一斉にそう言われればとルイーズに顔を向ける。

　直接的な監視の目を避けることはできたとしても、何も知らない第三者の目に入り、何者かが存在しているという情報が完成してしまえば、それは外部に手がかりを流してしまうということ。

　完璧に誰にも見られずに過ごしたいということならば、その問題も解決しなければならない。

　行方不明の事柄も重なり、エルフィはそこが気になった。

「…………それを聞きますか」

　その直後、ルシール表情が見えない程に顔が俯かせ、絞るような声を出す。

　雰囲気もそれまでとは違う、暗くも静かな圧力を持っているようだった。

「そうです。今ここにいることを誰にも知られるわけにはいきません。……皆さんは、どうしてここに来たんですか……？」

「それは」

「依頼を受けてきたんです。偶然入った森の奥に見知らぬ家があると。それを調査してほしいというものでした」

「そうだったんですか…………だったら、その痕跡も消す……方が……」

　ルイーズの声が震え、大我達を睨みつける。その奥に宿るのは小さな敵意のような、尖った感情。

　エルフィは咄嗟に身構え、大我とティアは未だ心配の眼差しを崩さずに見つめる。

　そして迅怜は、冷静な視線を保ったままその場の空気を静観していた。

「私はもう、ここから離れたくありません。逃げ続けるのにも……疲れました。私のアンデッドと一緒に暮らして、ずっとここに居続けたい。だから……」

　農業に従事していたワルキューレ達の手が止まり、家のドアの隙間から、変わらない表情のメアリーの顔が姿を覗かせる。

　ずっと人畜無害な雰囲気を出していたのに、やはり敵だったのか、口封じをしようとしているのかと、エルフィは魔法を発動する準備を整えた。

「気をつけろ大我！　これは……」

「突然やってきた知らない人に、安寧を……脅かされる訳にはいきません。皆さんにはどうか、消えて……ほし」

「ちょっと待った！！」

「へっ？」

　ルイーズが四人に敵意を見せかけたその時、大我が声を張って待ったをかける。

　ルイーズは思わず反応して素直に従った。

「そういう話を聞いてるとなんというか……戦う気にはなれない。ようやく見つけた場所を奪おうとしてるみたいでさ」

「えっ、だっ、だから私は追い出そうと」

　突然の来訪者を追い出す為の抗戦だが、どうにも覇気や強い殺気を感じない。

　ルイーズの詰まりながらの反論に、横から迅怜が再び割り込んでいく。

「その割には、俺達を殺そうって意思は見えねえな」

「はい。なんというか、頑張って追い出そうっていうような感じが……」

「あ……う…………」

「それに、本気で殺そうってんなら、出したジュースに毒ぐらい仕込んでんだろ。普通にうまい以外言えねえぞ」

　いつの間にか飲み干している木のコップからの根拠と、ティアが口にする素直な印象も交えての反論に、ルイーズはどんどん縮こまっていく。

「お前が動かしてるアンデッドも、視線こそこっちに向けさせてはいても、戦闘準備には入ってねえ。それに…………勝ち目も見えてねえだろ」

　まさに戦うまでもないと言わんばかりに、野生の勘と培った判断能力の裏付けからぐさぐさと舌戦をぶつけていく迅怜。

　ルイーズはぷるぷる震えながら、黙って頭を振るしかなかった。

「ネクロマンサーがいるんじゃないかって迅怜さんと推測立ててここに来たけど、依頼の内容はそれを倒すんじゃなくて、何がいるかを確かめるだけだし。必要ないんなら別に戦うこともないだろうしな」

「もしその依頼者が不安でしたら、私達が説得しますよ。ここの事にはもう触れないようにって」

　すぐに武器や敵意をぶつけてくるのではなく、問答無用で殴りかかってくるわけでもなく、ネクロマンサーだと知っていてもまずは話から入り、ひとまず触れ合おうとしてくれていることに胸が熱くなるのを感じたルイーズ。

　しかし、優しくしてもらった体験の殆ど無い過去が、その優しさを受けることを足止めさせる。

「で、でも…………」

「そんなに怯えてる相手を叩くのも凄く後味悪いしさ…………むしろ、何か手伝えることがあれば協力するよ」

　気づけば、どのような事態にも対応できるように密かに敵意と殺気を出していた迅怜も、すっかりと落ち着いており、先程まで戦いの準備をしていたエルフィも、ちょっとバツが悪そうにその手を収めていた。

「ありがとう…………ございます…………！」

　未だに小さな震えが止まらないルイーズだが、その意味は１８０度塗り替わっていた。

　体感ながらも四人の振る舞いには偽りがないように思える。本当に自分のことを心配してくれているらしい。

　まだ完全に信用したわけではない。それでも、心を許せる余地がある気がする。

　ルイーズは緊張した声色を緩め、少しだけ深呼吸をしてから、改めての会話を切り出した。

「…………それでは、二つお願いがあるんです――――まず一つが、数日間、私と一緒に暮らしてほしいこと。もう一つが……森の中にいる変な生物を見つけてほしいんです」