第180話

「こんな季節なのに、緑いっぱいなのか」


「この辺りの樹は、ずっと前にB.O.A.H.E.S.の影響で常緑樹の要素を取り込んでるみたいだ。そんで、その種がここら一帯を埋め尽くしていったと」


 大我の口からふと出てきた当然の疑問に、エルフィがすぐさま回答する。

 何千年も経てばそういうこともあるんだろうなと、大我はひとまず納得した。


「うわあ、本当に道なき道って感じですね」


「森の中に突然生えたみたいな佇まいしてるらしいからな。んじゃ、いくぞ」


 ティアのわかりやすいくらいの困惑の言葉。

 しかし彼女はエルフということもあり、それなりに視界の悪い森の中でも余裕を持って行動できるだろうと迅怜は考えている。

 事実、ティアのその喋りには、内容とはうってかわってそこそこの余裕が感じられた。

 迅怜、ティア、大我とエルフィの順番で足を踏み入れ、果たして真っ直ぐ目的地に到着できるのかという保証もないルートを進み始めた。


「ここまで視界悪いのは初めて通ったな……」


 草木を掻き分け、足元の危険も確かめながら、うっかり進んでいる方向がわからなくなりそうな道を少しずつ歩んでいく四人。

 その姿はさながら、ジャングルに潜む未知の生物を求める探検隊のようだった。


「大我、大丈夫? 足元も見ないと危ないからね」


 いつもは戦闘にあまり積極的にならず出来る限りのサポートに徹し、友達への協力でもなければ派手なクエストにも滅多に参加しないティアの背中が、この時ばかりはとても大きく見えた。

 華奢な身体ながらも慣れた身体さばきでどんどん前に進みつつ、鬱蒼とした森での歩き方のアドバイスを与える。

 それとエルフィの手助けもあって、大我は与えられた身体能力も駆使しながらなんとか進んでいった。


「……ったく、本当にここで合ってんだろうな…………内容全部見てなかったが、エルフィとか言ったか? アレの依頼者って誰だか覚えてるか」


「えっと…………確か狩人だったような。なんか、大物狙いとかでそれなりに話題には上がるらしい」


「ああ、どうりで…………森の中で見つけた大物を追いかけて見つけたってとこか」


 依頼者の人物像までは知らずに内容だけで決めていた迅怜が改めて情報を取り入れ、合点がいったと脳内で納得する。

 これだけの悪路の先というならば、まず普段から足を踏み入れるようなことはまず無い。大抵は何かしらの事情から起因しているはず。

 答えにぐっと近づくであろう人物像の情報から集落発見の経緯を予想したが、その後に告げられた言葉がそれを狂わせた。


「いや、なんか馬の脚と猿みたいな腕を持った人型の何かを見かけて、幻か? って思いながら追いかけてたらしい」


「………………は?」


 その場の全員が理解の外に放り投げられた。

 そんな生物の話など今までに聞いたことがない。数ヶ月前から現れ始めたキメラの類かとも思ったが、よくそんなに異形的ではなくくっきりと認識できる形を保っていたなと迅怜は感想を抱いた。

 

「…………もしかして」


 しかし大我が一人だけ、それに心当たりがあるような声を出した。少し遅れて、ティアも同じように答えに近い結論に至る。

 それを声に出そうとしたその時、迅怜が足を一歩引き、ティア達に止まれという右腕のサインを送った。


「何かいる。二つの臭いがある。アンデッドの臭いと…………なんだこりゃ」


 自身の嗅覚を活かし、土と緑生い茂る臭いとはまた別の何かを感知する迅怜。

 一つは人とは違う雑多な気配を纏ったアンデッドの臭い。もう一つは、全く正体を掴めない程によくわからないが、どこかで嗅いだことのあるような臭い。

 後者の判別をするよりも、明確な敵であろう前者に意識を割り振る方が早いと、迅怜は両手に電撃を走らせ、臨戦態勢に入った。


「ともかく敵だ。この視界だ、絶対に集中を欠くんじゃねえぞ」


 敵の姿は未だ見えない。大我とエルフィ、そしてティアもそれぞれ別の方向を向いて神経を研ぎ澄ませた。

 木々と葉が冷えた風に揺れる音。視界に入らないまだ見ぬ敵。枯れ葉を鳴らすようなノイズとなる雑音を出さないように足を一歩も動かさず、各々に注視する。


「――――そこだ!!」


 その時、迅怜が他三人よりもいち早く見えない敵の動向を捉えた。

 即座に身体の方向を変え、右手を目の前に構える。

 すると、その方面から一本の矢が空気と木の葉を裂いて飛翔してきた。

 迅怜はそれを見切り、一切の傷を負うことなくキャッチ。勢いに載せて身体を捻り、反射するかの如く矢を思いっ切り投げ返す。

 遠くの方から、金属同士が衝突するような微小な音が聞こえた。


「ズァッッ!!」


 手応えあり。その先に疑いの余地無し。

 迅怜は足元に電撃を走らせ、大地をへこませるが如く踏み込む。

 そして、一歩思いっ切り踏み込んだ次の瞬間、迅怜の身体は弾丸のような速さで前進した。


「俺達も行こう!」


「はいっ!!」


 迅怜の後を大我達が急いで追いかける。

 その後方、茂みに隠れたとても見えづらい位置に、大我達を見守る一人の影があった。

 謎の影は三人の行動に連鎖するように、ゆらりと動いてからその後を追跡した。


「こっちかぁぁ!!」


 雷撃の如き速度で近づく度、アンデッドの臭いが濃くなっていく。さらにはその正確な数も。

 現時点の体感での確認では二体の、。先程のカウンターで一体を倒したとなれば、残る敵は一体。

 自慢の脚力と身体の強靭さを活かして突っ走る迅怜。

 アンデッドが立つ地点を完璧に捉えた直後、さらに右脚を踏み込み、右手に電撃を纏わせ突撃した。


「どぅりゃあああ!!!」


 二体を覆い隠す葉を突き抜け、機能しているもう一体の頭に、雷を帯びた爪に全身の速度を乗せた疾風の斬撃を放った。

 奇妙な形状の槍らしき武器を持ったアンデッドの頭は一瞬にしてバラバラになり、周囲に無数の金属部品をぶちまける。

 全身をびくびくと痙攣させた後、頭部を失った身体はそのままふらりと力無く倒れてしまった。


「呆気ねえな、この程度か。…………しかし、見たこともねえ奴だな」


 毛についた虫を払うよりも容易いと、迅怜はふっと息を吹いた。

 その後の意識は、倒れたアンデッドの容姿に向けられる。

 迅怜のカウンターを喰らった側のアンデッドは、左眼に矢を受けて倒れているが、まだ頭は残っている。

 見たところ色白の女性のようだが、二体の容姿は体型まで同一とも言っていいほどに瓜二つだった。

 装備もアルフヘイム周辺では見かけないような格好。

 一体これはなんだ、どこの者と考えていたところで、大我達が背後から追いついてきた。


「ったく、遅いぞお前ら。とっくに始末した」


「そ、そっちが早いんですって…………あれ」


「ん。どうした」


 視界に入り込む倒れたアンデッドの姿。その容姿に、大我は見覚えがあった。


「こいつら……バレン・スフィアの中で見たことある」


「なんだと……?」


 その言葉を聞いた三人は、驚きを隠せなかった。

 今までバレン・スフィアの中に入り、まともに内部を視ることができたのも、戦うことができたのも大我だけ。

 そんな人物が言う事ならば間違いない。だがその事実が、目の前の死体への不審を増幅させた。


「間違いない。こいつら、羽根は無いけどあの中にいた兵士だ」

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