第153話
既に朝食を済ませた大我とエルフィを除き、各々に朝食を口に運び始めた。
バーンズとラントは、少々厚めに切られたパンに、先程のスパイシーな味付けの焼きたてチキンとレタス、きゅうり、こぼさない程度のトマトソースを挟んだサンドウィッチを頬張った。
熱々で刺激的なチキンを冷たいシャキっとしたレタスとキュウリが包み、トマトソースがそっと新たな味を添えて、肉汁と混ざり合う。
「あ、うまっ……」
思考と舌が直結し、思わずぽっと素直な感想が溢れ出たラント。
「だろう? 普通のサンドじゃ溢しちまうからな。この車内に合わせて作ったレシピだよ」
本題そっちのけで語り始めた横で、イルは口に運ぶ度に作られるサンドウィッチの断面に、元々かけられたものとは違う真っ赤なソースをかけては黙って頬張っていた。
その香り漂う美味しそうな光景に思わず唾を飲み込みながらも、大我はぐっと我慢して本題へ運ぼうとした。
「あの、そろそろ本題を……」
「おおそうだったな、悪い悪い。俺の悪いクセだな。で、俺達が今から向かう場所は、ケルタ村ってとこだな」
「ケルタ村……はひは……うんっ……確か、なんでもない普通の農村だったような」
「ああ、本当に平和な村……のはずだった。数ヶ月前まではな」
「数ヶ月前?」
バーンズはサンドウィッチの残りを口に放り込み、上部から取り出した水で流し込んで、ふうっと息を吐いて空気を改める。
「なんでも、村人が突然行方不明になっていったそうだ。なんの前触れもなく忽然とな」
「行方不明……いなくなった人達は、結局その後も?」
「全く居場所が掴めない。いなくなるのも一ヶ月に十数人。あまりにもペースが早すぎる。だが、一応の法則はあるようだ。この事件に恐怖を覚えて村を出ようとした者はすぐにいなくなる。周囲に逃げることを喋り、予定していた日にちよりも前に消えたそうだ」
内容説明と軽い質問を交互に繰り返す一同。
しかしその中で、大我ある一つの大きな疑問が浮かんだ。
「あれ、じゃあどこからその事件の話が出てきたんです?」
「その辺りの詳細を記した手紙が届けられた。さっき話した内容もそこに書いていたものだ。当然、普通に配達で届けられたものじゃない」
用意した食事が全て腹の中に収まったことを確認したバーンズは、自分でてきぱきとその後を片付けていく。
それから席の横に備えられた蓋を開け、それまでの状況を感じさせる、よれよれになり所々破れている手紙を取り出した。
「その後でミカエルんとこの隊が調査に乗り出したが、帰ってこなかった。その後で、乗り込む前にと、腕の立つうちの奴らに様子見させたが、結果は昨日言った通りだ。下手に近づくなとは言っておいたんだがな……」
バーンズの声に悔しさが滲み出る。
自身の至らなさ、不甲斐なさ、思慮の足りなさを恨むような声。それまでの雰囲気から移り変わったような真剣な姿に、馬車の空気は塗り替わった。
「だが、打倒する前情報もそれなりにはある。皆の置き土産だ。それからは何が起こるかわからない」
「あの、ところで……どうして俺達を?」
「ああ、それについてなんだが……ラントに関しては腕を見込んでのことだ。ある程度閉鎖的な、そして肥えた大地では土魔法は有効だからな」
腕を見込んで。そのいつかとても聞きたかった言葉が、実力者の耳から直接聞けたことが、ラントにはとても嬉しかった。
「そんで大我。情報の中には穢れを持った存在も確認されている。バレン・スフィアを消滅させたっていうその道のプロに頼もうと思って、今回着いてもらうことにしたんだ」
人間だからこそ、穢れが効かないというこの世界の特異的存在。そして、多少の穢れなら対処できるであろうエルフィという精霊。
事前に手に入れた情報を考慮した結果、連れて行く他ないだろうと結論づけたのであった。
「どれだけの手練が待っているのか、そもそも何が起こるのかも未知数だ。俺達だけで解決できないのを不甲斐なく思う。その恥を忍んで、こうして協力を頼んだんだ」
ずっと一言も喋らずに黙っているイルも、眉間に皺を寄せて顔をしかめる。
沈み過ぎた空気を晴らすかのように、バーンズは冷やしたオレンジを取り出した。
「とりあえずこんなとこだな。暗い話をしちまったが、それはそれ、これはこれだ。俺達の勝手な仕返しを押し付ける気なんざ微塵もない。さっきまでの話は忘れて、それぞれに自由に戦ってくれ。食うか?」
丁寧に皮を剥き、二切れ程優しく手渡す。
バーンズの言う通り、多く、重く背負い込んでも精神的な負担が重なるだけ。
彼はおそらく優しい二人への気遣いも込めて、そのようなことを言ってくれたんだろう。
大我とラントは、黙ってそれを受け取った。
「簡単な説明はこれで終わりだ。もし何か改めて詳細を聞きたいなら言ってくれ。到着まではまだ時間があるし、地図や資料もそれなりにある。伊達にでかい馬車じゃねえさ」
得体の知れない強大な相手なら、以前に打ち倒すことができた。だがまだまだ理解の及ばないモノがいるのかもしれない。
緊張感に少しだけ強張った大我は、少しリラックスするために、ちょっとだけ欲しくなっていたものをリクエストした。
「……さっきのチキン、俺にも作ってもらっていいですか? 皆が食べてるの見ると、食いたくなって」
「おう、いくらでも作ってやるさ。ついでにジュースもやろう」
話を終えたバーンズの声は、少しだけもやが取れたように感じた。
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