第154話

 五人は時折揺れる馬車の中で、目的地までの道程をゆったりと進んでいた。

 保管している飲み物を交わし、ちょっと小腹を満たしながら、各々が持つ道具の調整や手入れをしながら、時には目的地までにふと抱いた疑問を聞きながら。

 バーンズが持っていた大剣が、手紙を取り出した取っ手の直ぐ側に収納されていたことに気づいたのもその途中である。

 

「あんなのが入るスペースも作ってあるんだな……」

 

「ん、どうした? 何か気になるか?」

 

「いえなんでも!」

 

 道中の地形に揺られているうちに、大我は昔、電車に乗って何時間も座って遠出したことを思い出した。

 座っているだけでなんだかとても疲れる。今もゆったりとした移動といえどもそんな感覚がある。

 道中でも軽く動かせたら。電車の中は駅を過ぎる程に人が少なくなっていった分スペースが作られるが、その中で暴れるのは他者がいなくてもただの迷惑行為なために気が引ける。

 小さな時計をちら見しながら、一体いつ頃到着するんだろうと思っていたその時、外から聞こえた馬の鳴き声と共に車輪が停止した。

 

「お、そろそろか。忘れ物はしないようにな! ちゃんと荷物確認しておけよ」

 

 まるで引率の先生を想起させる発言を皆に向け、バーンズとイルはそれぞれ己の武器を取り出して真っ先に外へ向かっていった。

 到着場所の周辺確認を行うためである。

 今までどこに行くにしてもほぼ徒歩で、馬車に乗ったことなど滅多にないラントと、そもそも馬車に乗ったことがない大我は、慣れないスペースに少しだけ苦戦しながら、遅れて外へと飛び出していった。

 

「おっとと、危ねえ…………あれ、ここは…………」

 

 馬車が停止した場所、そこは付近に村らしき場所など何一つ無い、少しばかり道を反れば森に入り込むような木々が立ち並ぶ中で、そこそこの余裕を持って周囲が開けた街道、そしてその分かれ道だった。

 人々が向かうべき進路を示すように、きちんと道は整理されており、親切にも立て看板が備わっている。

 目的地らしいケルタ村の前で止まるのかと思っていた大我は、意外に感じていた。

 

「隊長、この辺りで大丈夫でしょうか?」

 

「上出来だ。ここなら遠すぎず近くもないし丁度いい。わかりやすい目印もある。もしものために何か印を増やしておくから、だいたい三日後の正午頃を目安にまた来てくれ」

 

「了解! 皆さんのご武運を願っています!」

 

 御者を務めたロビンが五人を見送る言葉を一緒に深々と頭を下げた。

 そして、皆を乗せた飯付き馬車は180度方向転換し、再びアルフヘイムまでの道程を走り出した。

 人の気配が全く見られない青空の下に足をつけた五人。

 開口一番に、ラントが疑問を投げかけた。

 

「あれ、ケルタ村に入るんじゃ……」

 

「こいつは念を入れた安全策だ。何が起きてるかもわからねえんじゃ、俺達の移動手段も悟られるわけにはいかねえ。周囲一体の地形はそれなりに覚えたとはいえ、正体もわからん相手はここに根城を張ってるんだ。地の利があるのが断然向こう。しかも俺達の拠点であるアルフヘイムまでかなり離れてるんだ。そこで馬車を攻撃されたら、たまったもんじゃないし、そもそもロビンは俺達の任務に関係ない。無駄な被害は出さないに限る」

 

 出来る限り未確認の相手には自分達に情報を与えたくはない。知識の数は有利の数。小さな情報一つで戦況は大きくひっくり返ることも多々ある。

 バーンズはわざわざ情報を開けっ広げず、秘匿をしながら、先に進むことにした。

 その慎重さこそ、見るからに己の武力を行使し突き進むように感じる男が、隊長という位を得られているその理由の一つでもある。

 

「なので、これから私達は歩いてケルタ村まで向かいます。道なりに進みますが、途中森の中にも入りつつの移動になるので、決してはぐれないようお願いします」

 

「あの道の通りに行くんじゃないのか?」

 

「私達がケルタ村に行くという情報は伏せています。事前に知られ、対抗策でも練られたら非常に困りますから」

 

 言われてみればそりゃそうかと納得し、黙り込んだラント。

 それはそれとして、しばらく座りっぱなしだったこともあって、ようやく身体を動かせることに素敵な開放感を覚える。

 

「んじゃ、立ち話はこれくらいにして早速向かうぞ」

 

 何度も読み込んだわけではないため、頭の中にはぼんやりとしたマップしか入り込んでいない大我。

 おそらくエルフィならわかるだろうなと、前進し始めてからすぐに質問をぶつけた。

 

「なあエルフィ、こっからどれくらいかかるよ?」

 

「んーとな、だいたい一時間くらいだな」

 

「一時間…………一時間かぁ…………」

 

 極度に疲れるというわけでもないが、ずっと歩き続けるのは絶妙に面倒くさいと感じる距離と時間。

 面倒やトラブルが何も起きないことを願いながら、大我はぐっと地面を踏み出した。

 

 

* * *

 

 

 雑草が生えないようにかき分け整えられた道を歩き、時にはざわざわと落ち葉を割くような音が一歩の度に鳴る森の中を歩く一行。

 太陽も空高く上り、暖かさが肌を包む。

 

「ところで、なんでこんな道を……? ……そういや、そもそも伏せてるんなら、わざわざ隠れながら行く必要もないんじゃ」

 

「念には念を……ってのもあるが、他にも理由はある。……おっ」

 

 話の途中でバーンズは、そびえ立つ一本の大樹に目をつけた。

 その幹の高さは他の物と比べても目立つように高く、なおかつ踏ん張るように力強く根付いている。

 

「高さも強度もちょうどいい。歩いた時間は…………よし、これくらいがいいな」

 

 一人で何かを観察し整理しながらつぶやいていると、おもむろに背中の大剣を引き抜き、その大樹に十字の傷を刻みつけた。

 

「こいつはその時が来たら説明する。それが来ないことを祈るがな」

 

 

* * *

 

 

 そして、道中で危険な毒キノコを見つけたり、巨大な双頭の蜂に襲われたりと、いくつものハプニングに見舞われながら進み、一時間半程歩き街道へ戻った一行。

 

「なんだったんだあのミミズ……でかいしキモいしで、もう二度と会いたくねえ」

 

「同感。思い出したくもねえ」

 

「そうやって言ってると余計記憶に根付くぞ。忘れな忘れな。ほら、ようやく着いたぞ」


 半ば自主的な長い道程を経て、五人はようやく目的地、ケルタ村へと到着した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る