第147話

 ラントは震える程に握る右手を炎で包む。


「どぅりゃああああ!!!」


 そしてそれを地面へと思いっきり殴りつけると、まるで下へ吸い込まれるように炎は消えていった。

 その一連の動作は間違いなく詠唱の類。おそらくはすぐに発動されるようなものではない。

 だが何かが来るのは間違いない。ラントの一手が見えずわからず、大我の足は踏み出す一歩を挫かれるようだった。


「俺はアレクシスさんの下で色んな事を教えてもらった。厳しい特訓で鍛えても貰った。その上で俺は、自分なりに出来る魔法の戦い方も考えるようにした。その答えの一つがこれだ!!」


 直後、まるで大地に花が咲いたようにフィールド上に無数の炎が灯る。

 だがそれらは、大我とエルフィには銃口を突きつけられているような圧力を感じた。


「エルフィ、なんとかなりそうか」


「たぶんな。けど、攻撃の実態を掴むまではお前のダメージもありそうだから、最初はそっちでなんとかしてくれよ」


「わかってるよそのくらい……!」


 じりっと右足を下げて、何が来てもいいように精神を整える大我。いつ来るかわからない攻撃への迎撃準備を用意しておくエルフィ。

 放たれる魔法の正体。それはその直後に現れた。


「行くぞ! フレア・ステラ!!」


 地面に灯る炎が一斉に爆音を起こし、無数の炎石となって大我へと放たれる。

 それはまるで大地からの流星群。閉鎖空間では逃げ場の無い広範囲に放たれたそれに、大我はその場で身体を屈めて防御態勢を取った。


「大我!! 絶対に動くんじゃねえぞ!!」


 エルフィは爆炎の拡散弾を全方位に放ち、真っ向から迎撃しようとした。

 しかしその速度、威力、弾数は尋常ではなく、無数の爆音がフィールド内に響き渡る。

 射撃コースを外れた炎石は後方へと飛んでいき、試合場の壁を大きく破損させた。

 二人の周囲には、魔法の衝突によって生まれた煙が立ち込め、視界を完全に奪っていた。


「何も見えねえ……ここは俺の力だけでも!」


 このような状況では、自身の眼に頼るしかない大我が圧倒的に不利。しかも相手は見える見えないに関係なく無差別に放てる攻め手を持っている。

 これでは分が悪いし、エルフィも現在はおそらく迎撃で手一杯。

 自分がやれることをやるしかないと大我は指輪を光らせ、覚えたばかりの小さな風魔法で煙を吹き飛ばそうとした。

 だがその直前、前方からエルフィの叫びが刺さる。


「下がれ大我!! 突っ込んでくる!!」


 その声に顔を向ける前に、大我は反射的に大きくバックステップで距離を取る。

 立ち込める粉塵から抜け出したかと思われたその時、全力で右腕を振りかぶるラントが大我を追いかけるように迫ってきた。

 新たにラントが作り出した攻撃魔法、フレア・ステラはまさしく流星群のように炎を纏った無数の岩弾を乱射する。

 一発一発が強力でありながら、一度詠唱による準備を整えた後は発動タイミングを自由に調整できる。

 つまりは、飛び道具を放ちながらそれを盾に本体も正面から突っ切ることができるのである。

 広範囲への一斉攻撃を行いながら、一対一のタイマン勝負へと強制的に持ち込むこともできる。

 ラントが抱く戦闘への願望と、本人が持つ本来の自分の資質が組み合わさった、いかにも彼らしい新魔法だった。


「オオラァァァ!!!」


 ドスの利いた全力の叫びを乗せて、長年積み上げてきた拳から撃たれたアッパーが大我へと叩き込まれる。

 防御を咄嗟に固めた大我の身体はその威力に高く飛び上がり、全身に響くような衝撃が叩き込まれた。


「があっ……げほっ……!」


 思わず顔を歪めて咳き込む大我。

 ぶっ倒したいと心の底から思っていた宿敵に渾身の一発を命中させられたことに、燃え上がるような喜びから口角が上がった。

 だがその一瞬こそが、思考の隙間、油断の入り口となった。


「ぐっ…………エルフィ!! 俺の足元を爆発させろ!!!」


 ラントの一撃は確かに重く強烈だった。間違いなく、これまでよりも遥かに積み上げられた実力の拳撃だった。

 大我の身体を天井付近まで浮き上がらせる程に。


「任せとけ!!」


 フレア・ステラが生み出した煙の中から呼応する精霊の声。

 大我はずきずきと沈むような痛みを堪えながら、空中で身体の位置や角度を調整し、天井に両足をくっつける。

 そして、アッパーを喰らったことによる上昇速度を利用して、まるで地面と同じように膝を曲げてバネのようにして力を溜める。

 その間に、エルフィの保護壁と炎魔法の火種が足元を包み、反撃の一手への準備を完了させた。


「やべっ……!」


 ラントはこの一瞬で、一体何が来るのかの見当をつけた。

 それは出会って間もない頃に巨大カーススケルトンとの戦いで見せたあの動き。

 耐えられはするだろう。だがこの僅かな時間と現在の技量では迎撃の態勢を完全に取ることは難しい。

 次に来る予告された一発。既に土魔法で防御する余裕もない。ラントはその場で両足を強く踏ん張り、全身を硬直させた。


「お返しだァァァァ!!!」


 大我の足元が、轟音を響かせて爆発する。

 そのタイミングに合わせて膝と太ももに溜めていた力を一気に開放。生ける弾丸のようになった大我は、真っ直ぐなストレートパンチを乗せてラントに向かって全力で突撃した。


「ぐっ……がぁっ!」


 衰えていたとしても、爆風に乗った拳の威力は申し分ない。

 大我の一撃はラントの身体に重力と拳の重みを刻みつけ、高所から落下したかのような強さで地面へと叩きつけた。


「まだだ、こんな程度でやられるかよ!!」


 当然、それだけではラントは完全にはダウンしない。

 仰向けの体勢となった状態から、突撃から再び立ち上がった大我の腹部に起き上がりざまの蹴りを叩き込んだ。

 復帰動作からの蹴りにしては鋭いその一発に小さく呻きながら、一旦距離を取る大我。

 そして、無数に抉れた地面の上で、二人は再び向き合った。


「はぁ……はぁ……強くなりすぎじゃねえのかよおい……」


「はぁ……当たり前だろうが。だからこそお前に挑んだんだからな……はぁ……」


 まだ勝負は序盤。片鱗こそ見せたが未だ全力を出し切れていない。

 油を注がれたように燃え上がる二人の闘争心。自然と踏み出す新たな一歩目の力が強くなる。


「てめえには引導を渡してやらぁ大我ぁ!!」


「負けてたまるかっての!!」


 再度拳を握り、熱くなった二人は真正面から突っ込みぶつかり合おうとした。

 だがその時、二人の間の空間に巨大な大剣がドスンと突き刺さった。


「はいそこまでだお前等。一旦ストップ」

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