第148話
二人は突然の乱入者にブレーキをかけるように足を止める。
直後に聞こえてきた一人の男の声。それはラントとエルフィにははっきりと聞き覚えがあり、大我にとっては初めて耳にした人物のものだった。
「あ、あなたは……バーンズさん!?」
「おっと、流石に覚えててくれたかい。ボアヘス封印の立役者は記憶力がいいねえ」
突如現れた、ワイルドという単語を形にしたような、高身長筋肉質でさっぱりとした雰囲気を持つ、傷だらけの赤髪男。
その者が言う通り、大我以外の二人はB.O.A.H.E.S.との対峙の際に出会った人物であるが、大我とは面識がない。
一人だけポカンとした状態なことを察したバーンズと呼ばれた男は、チラッと視線を向けた後にズカズカと近づいてきた。
「お前が噂の桐生大我か……なるほどな」
「え、あの……誰ですか?」
「おおっとすまねえ。噂に聞く人物を目の当たりにしてついつい観察しちまった。邪魔したんだからまずはこっちから名乗らないとな。俺はネフライト騎士団第2部隊隊長、バーンズ=アームストロングだ。よろしくな、バレン・スフィアを消滅させた英雄」
乱入時の勢いは鳴りを潜め、やや強引ながらも大我の手に腕を伸ばし、強引に握手を交わすバーンズ。
その言葉からは皮肉のようなものは感じられず、純粋に相手のことを褒め称える熱い精神が伝わってきた。
握る力の強いその手に、大我もそれに快く応えた。
「さて、余談はこれくらいにして。お前等、これ以上続けるんだったら外でやってもらうからな」
どたばたした乱入から突然告げられた、実質的な退去勧告。
いきなりの話に思わずハテナマークを三人は浮かべた。
「えっ、ちょっと待ってくださいよ! そんないきなり言われても意味が……」
その言葉が来るのはわかっていたというように、バーンズは何も言わず指を上下左右、四方へと指した。
素直にそれに視線を合わせた三人の眼に入ったのは、それぞれが想像していたよりもボロボロに破壊されていた試合場の姿だった。
勝負の様子を観ていたギャラリー達も、危ないなと思いながら一歩引いて観戦している様子が伺える。
「ここはうちの管理施設だっての。試合場っつっても、この部屋はあんな激しい戦闘を想定した場所じゃあないからな。これ以上壊されたらたまったもんじゃねえ」
とても冷静な状況説明と、あまりにも至極当然真っ当な通達に、何も言うことが出来なかった大我とエルフィ。
だが、今ここで決着をつけたいというはやる気持ちと焦りが滲み出るラントがどうしてもと食い下がろうとした。
「で、でも! もう少しで勝負がつ……!」
その時、ラントの背後から心臓を穿くような圧迫感に襲われた。
まるで、今は立場があるから仕方なく抑えてるけど今ここでお前の手足を全て圧し折って騎士団施設から遠くの建物までぶっ潰れるまでぶん投げて排除してやってもいいんだぞ。
という具体的な覇気と寒気が、魂の奥までがつんと響いてくるようだった。
「あー、イルまで出てこなくていいって言ったのに」
「すみません。どうしても引かないようなら、実力行使に出る必要があると思いましたので」
ラントの背中から現れたのは、レイピアを携えた青いショートヘアーの女性だった。
一見すると聡明な雰囲気を醸し出しており、表情もそれに違わぬクールさに満ちている。
突き立てていたレイピアを降ろして、ラントの側から離れると、そそくさとバーンズの側まで近づいていった。
「そういや、俺とも初対面ということはイルとも会ってないわけか。丁度いい、自己紹介しときな」
「……はい」
一瞬の間と不機嫌そうな表情に何が込められていたのか。
全容を察することもないままに、イルと呼ばれた女性は大我の前でこほんと咳き込み、改めて理知的で上品に見える振る舞いを見せた。
「初めまして、大我さん。私はネフライト騎士団第2部隊副隊長、イル=デュランです。よろしくお願いします」
なんだかよくわからないうちに初対面同士の交流が始まった。
そんなちょっと解れた空気の中で、ラントはかつて聞いたイルに対する噂と照らし合わせながら、自分を相手の視界に入れずともあんな殺気と圧力をぶつけられるものなのかと、心底畏怖した。
そして、やはり自分はまだ未熟だと改めて悟った。
「さて、途中で割って入って悪かったな。本当なら終わったあとでもよかったんだが、正直暴れ過ぎだったもんでな」
「あ、あはは……」
「で、本題に入ろう。実のところ二人にちょっとした話があってここに出向いたんだ。喧嘩止めるなら俺の部下でも良いわけだからな。お前ら! とりあえずここ片しといてくれ!」
「「了解ッ!」」
「綺麗に片付けた奴から褒美として晩飯にハンバーグ追加してやるからな!!」
「「オォー!!」」
どこからともなく駆けつけてきた第2部隊隊員達が、元気の良い返事と追加報酬への歓喜と共に早速片付けを始めていく。
なんだかかつて見た気合の入った部活動のような光景を遠目に見ながら、大我は思った。そして三人はボロボロの試合場から立ち去っていった。
* * *
バーンズとイルの二人に案内されて訪れたのは、試合場利用者向けに設置された休憩室だった。
身体を落ち着けるためのベンチや、エネルギー補給のためのフードコート、マッサージベッドなど。まさしくしのぎを削り、互いをぶつけあった者達の為に用意された安らぎの場所だった。
「好きなものを食いな。うまい飯を食いながらのほうが、話は綺麗に楽しく進むからな」
バトルを繰り広げた二人よりも先に、勝負に割って中断させたバーンズとイルがテーブルに食事を持ち込んでいる。
バーンズはチョコチップを混ぜ込んだスコーンと濃い目の牛乳。一方でイルは見るからに辛そうな赤いソースとチェダーチーズ挟まるビーフたっぷりサンドイッチ。
三人はとりあえず素直にそれに従い、大我は焼きたてフランクフルト、ラントは肉汁溢れる厚切りチキンサンドを注文し、テーブルまで運んできた。
「中々にいい食い物を選ぶな二人共。材料から作り方まで俺が拘った飯の数々だ。それ食って使った力を蓄えな」
とても楽しそうに食事の話を語るバーンズ。
先程のご褒美といい、食に強いこだわりを持っている人物なのだろうかと、大我は初対面ながらに思った。
「さて、横道はこれくらいにして本題に入ろうか」
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