第140話
何度も通過し、すっかりと見慣れた世界樹の機械的な中身。
本来であればとても神聖な存在であろう場所に、こんな気軽に立ち入っても大丈夫なのだろうかという疑問もそれなりに抱きながら、大我は何度も女神と対面した巨大なフロアへと立ち入った。
未だギャップを感じる低く唸るような機械音が、胸に脳に響いてくる。
「向こうから呼んだんだから、こういう時くらい待ってればいいのに」
相変わらずの誰もいない様子に軽く愚痴っていると、遠く離れた位置からぺたぺたと素足らしい足音が聞こえてきた。
ようやく来たかと一瞬考えたが、いつものアリアの足音にしてはやけにペースが早い。
それにたまにべちゃべちゃとアメーバが潰れているかのような音まで混じっている。
なんかおかしいなと思いながら足音の方を向くと、別れたときと変わらぬ姿のラクシヴが手を振って走ってくる姿が見えた。
「二人共ーー!! 久しぶりじゃけぇーー!!」
女性の声でシャバに出てきた輩のような口調を表出させながら、裸足で駆け寄ってくるラクシヴ。
エネルギーの問題も解決し、すっかりと元気になったようにも見えるが、ほんのりと困っているような雰囲気も感じられた。
「久しぶりだな。元気そうでよかった」
「僕の身体が身体だから健康ではまあ……あるんだけどね」
ちょっと含みがある返答で笑って誤魔化すラクシヴ。
一体何があったんだろうかと思った直後、満を持して呼びつけた張本人のアリアが姿を現した。
「よく来てくれましたねぇ二人共。ところで、今日はどのような用件でしょうか?」
「いや、お前が呼び出したんだろ」
「…………あらぁ、そうでした。私としたことが」
人工知能なりのジョークなのかなんなのか。いきなり調子を崩されて脱力する大我。
アリアは気を取り直し、こほんと咳の演出を作って本題に入る。
「さて、大我さんをお呼びした理由の前にですね、一つお聞きしたいことがあります。――大我さん、魔法は使いたいですか?」
アリアの口から久しぶりに聞いたとても女神っぽい発言。
魔法は現世界の大気中や自然の中に大量に含まれるようになったナノマシン、所謂マナを使用して発動するもの。
だがそれは、現世界の人々がそれらと接続できるロボットであるからこそ使えるもの。
それを、この世界を造った張本人がわざわざ思わせぶりに問うということは何かあるのは間違いない。
大我は少しの間を置いてから喋りながらその考えを押し出した。
「まあ、使えるってんなら使いたいな。……そういや、前にエルフィが言ってたな。俺みたいな人間がマナを動かせるようになる技術そのものはあるって」
「……あら、それならば話は早いですね。ありがとうエルフィ。円滑な進行助かります」
「え、えへへ……」
柄にもなく赤面して、解されような声で照れるエルフィ。
とりあえずそれは無視して大我は話を続ける。
「んで、それがどうかしたのか」
「……はい。その技術が彼女の協力を得てようやく完成しましたので、是非ともそれを大我さんに授けたいと思いまして」
「本当か!?」
未だ懐疑的ではあるものの、魔法が使えるという響きは、科学で埋め尽くされた現代っ子である大我にはとても浪漫のある響きであることは間違いない。
しかも、それ自体は出来るとしても理論上の話ではあった為に頭の隅に完全に追いやっていた。だがそれが出来るとなれば話は変わる。
「……その為に今日はお呼びしました。そこでなんですが……もしよろしければ、その指輪を貸して頂いても大丈夫ですか?」
「――これをどうする気だ」
わくわくしながら聞いていた大我の表情が一瞬にして変化する。
大我が右手中指にずっと嵌めている指輪。それは母親である風花が形見として、そして御守りとして渡された自身の婚約指輪だった。
そんな大切なものをおいそれと渡すわけにはいかない。大我はそれまでの温和な雰囲気を捨てて一歩下がった。
「……大丈夫です。壊したりするようなことはしません。ただ、それを大我さん専用の魔法具として改良させてほしいんです」
「魔法具……あの騎士団のエミルさんとかが使ってるアレか?」
「……はい。その指輪にどのような事情があるのかは私は知りません。しかし、ずっと外さずにいることから、とても大事なものだということ。そして、指輪の位置から大我さんが嵌めたものではないことは推察できます。だからこそ、私はもっと大我さんを護ってくれるように確かな力を与えてあげたいのです」
どのような事情があるのかは知らない。という無神経な言葉に一瞬血圧が大きく上昇し握り拳を造りかけたが、その後の言葉でそっと力を抜いた。
ずっと側にいてくれた両親の形見が、自分に渡してくれたものが今の世界で生きる為の新たな力となる。
これからも着けたままでいることには変わりないし、手元に置いておきたい。
しこりが抜けきったわけではないが、失ったモノと共に歩めるならと大我は心を決め、この世界で目覚めてから初めて指輪を取り外した。
「下手な真似するなよ」
「……わかっています」
そっと手渡し、指輪を手にしたアリアはぎゅっと大切に握りしめる。
「では、一時間か二時間程待っていてください」
そして三人に背を向け、指輪に力を吹き込むためにその場を去っていった。
「私の犠牲もあってのものだから、大切に使ってよね」
ラクシヴが大我の背を叩きながら笑いかける。
その口ぶりからして、どうやらその技術に対する協力の際に何かしらの苦労があったようだ。
「そういえば、協力を得たとか言ってたっけ。なんかろくな目にあってなさそうな……」
「まあね。うちのエネルギー源の供給を約束する代わりに、ちょっと実験台になってほしいって言われたわ。あの技術、人間の被験体がいなかったから充分な調整ができなかったとからしくて。そこで、人間とほぼ同質になりながらまず死なないわしに頼んできたの」
話を聞いているだけでもどこか嫌な予感がする大我。
「……それで、一体何やってたんだ……?」
「試作品の魔法具? を僕に装着して、それで頭からの信号を受信するようにしてたんだけど、動き出したナノマシンの挙動がなぜかおかしくなって、私の頭がポーンって弾け飛んじゃった」
「はぁ!!?」
「それはすぐに直されたんだけど、今度はあたしの中で魔法が発動しちゃって、頭が真っ二つに割れちゃったりしたの。ほら、こんな風に」
自ら頭部を中心から縦半分に分割させ、頭が割れたという直球かつ具体的すぎる説明を行うラクシヴ。
「あとはいきなり燃えちゃったり、身体の中が……誤作動だったか? それで凍っちゃったり。もうすごかったよ。だいたい19回くらい死んじゃったかな?」
不死性を持つラクシヴだからこそ笑い話になるが、それだけの実験と調整を経て施されるとは言っても、そんな裏話を聞いたあとでは莫大な不安が募ってくる。
やっぱり渡したのは間違いなんじゃないかと今更ながら後悔し始めながら、大我はじっと待ち続けるしかなかった。
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