第135話

「ところで……その人は?」


 突如発生した無数の変化の一つ。

 エリックとリアナ、そして苦虫を噛み潰したような顔で壁の吹き飛んだ自室から戻ってきたティアは、それまでいなかった女性へと疑問の目を向けた。


「まあ、そう思うよな。こいつは……」


「こいつ?」


 その疑問に答える役として、エルフィが前に出て遭遇までの経緯とそれから、そして彼女の正体まで事細かに伝える。

 B.O.A.H.E.S.の一部であり、彼女は一応は無害であること。それを知ったフローレンス家の面々は、驚きの色に染まった。


「あの怪物の一部!? ちっともそのようには見えないが……」


「事実ですよ、この通り」


 とりあえず現物の証拠を直接見せたほうが話は早いだろうと、女性は右腕の形を崩して赤い肉の触手へと変化。指先だった部位を一発芸の如く木の枝や昆虫の触角へと変えてみせた。

 三人は驚きと戸惑いの表情をそれぞれに見せながら、直前に聞いた説明をしっかり現実だと受け止めた。


「い、いやあ……驚いたな。まさかこんなことが起こるとは」


「可愛い娘さんが生まれたわね」


「えっと……な、何が起こるかわからないですね」


「本当はこれから世界樹の方に向かうはずだったんだけど、そうしたら突然こういうことになってな……今に至るってわけだ」


 事の全容や事情はだいたい見えてきた。

 まさしく突如発生した嵐に巻き込まれたとでも言うような一連の事柄を把握した三人は、自分達の家のことながらも同情の念を向けざるを得なかった。


「それなら、早くユグドラシルに向かった方がいいんじゃないかな? いずれにせよ、この家のことは僕達が対応することになるし、その間は、そっちの用事に集中してもらったほうがいいと思うからね」


 この先のやり取りや用事を加味してくれた提案に、大人、そして父親の余裕を感じさせられた大我。

 今までは妻とよくいちゃついていたり、まさしく普通という形容が似合うような優しい雰囲気を醸し出すエルフだという印象が強かったが、この一刻のやり取りで、彼が家族に慕われている理由がわかった気がする。

 大我はありがとうの意味を強く込めた深々とした礼を向け、エルフィと女性と一緒に世界樹へと向かった。

 それとすれ違うように、依頼を受けたドワーフ達がやってくる。


「こちらですね! うわー、こりゃ派手にやられてますな」


「いやあ、ちょっと離れてたらいつの間にかこんなことに」


「でも安心してくだせえ。ビックリするくらいの金額積まれたんで、そちらの要望はなんでも喜んで引き受けますよ!」


「本当!? それじゃあ……」


「リアナ、気が早いって。ひとまずは二階の部屋を直してください。それから改めて要望を伝えますよ」


「任せといてくださいよ!」


 専門家らしい自信満々の胸打ちを見せて三人の期待を高め、ドワーフ達はそのままてきぱきと修復へ向かっていった。


「……いくら払ったんだろう」


「どうしようかしら……増築もいいけど、地下室とかいいかも! うーん、悩むわね」


「あはは……そういえばティア、ずっと塞ぎ込んでるけど、何かあったのかな?」


 予定外に舞い込んだ初めての増改築に、どんな風に手を加えてもらおうかと可愛らしくはしゃぐリアナ。

 その一方でティアは、ずっと黙りこくったまま不機嫌そうにじっとしていた。

 その姿が心配になったエリックが声をかけると、ちらっと視線を反らしてから戻し、もう一度反らし戻してから、ゆっくりと小さめの声で口を開いた。


「カルミルの壁飾りが無くなってた……気に入ってたのにぃ……」



* * *



 全ての不運を使い切ったか、道中トラブルに見舞われることなく、真っ直ぐと世界樹まで到着することができた大我達。

 樹皮を模した扉を通り、数ヶ月ぶりの内部へと足を踏み入れる。

 とても雄大で生物的な外観からの、生命の存在を一切感じさせない機械的な内部に、女性は珍しいものを見られたというように右へ左へと顔を動かす。


「あの時以来が……うえ、思い出したくないもん思い出した」


 蘇るバレン・スフィア遠征前に貰った地獄のような味のグミ。

 刻みつけられた醜悪な味が、記憶の奥から蘇ってくる。


「忘れろ忘れろ」


「無理だろ。忘れたくても無理だろあれ……うえっ」


「大丈夫? あたしが受け止めようか?」

 

 掌をウツボカズラのような筒に変化させ、エチケット袋役を受け持とうとしていた女性。

 あまりの自然でさらっとした物言いに受け流しそうになったが、さすがにそんな真似をさせるのは倫理的にも道義的にもNGだと、何度も首を横に降って大我は全力で断った。


「いやちょっと、いくらなんでも抵抗なさすぎるだろう……」


「だって、吸収しちゃえば同じだし……食べるのと吸収するのは違うから。あっ、出口が見えたぜ」


 人間でもロボットでもない、全く異質な存在故の価値観か、平然と爆弾発言をぶち撒けた直後、三人はようやくアリアが待つ中枢部へと到着した。

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