第131話

「なんだ!?」


「おい今の方向!」


 大我達は咄嗟に音の方向へと身体ごと向ける。

 そこには、木製の天井や壁が砕かれ剥ぎ取られ、砂嵐のようにして周囲に吹き荒ぶ光景が広がっていた。


「なっ……おい!! 何が起きてんだよあれ!?」


「知るかよ!!」


「ああっ! ティアの部屋も俺の部屋も!」


「……おい大我、あそこ見てみろ!」


 エルフィが指差したその先に、ほんの僅かに見えるか見えないかと言う程にかなりぼんやりと写る、フードを被っているような一人の男の影。

 外装まで剥がされ、丸見えになった家屋の内側。その影は大我の部屋の中で構え立っており、姿はまるで立て籠もりをしているようにも思えた。


 騎士団に見つかり、追い込まれた泥棒が取った手は、逆に派手に侵入した家屋の一部を吹き飛ばし、現象に目を向けて怯ませた隙に逃走するという方法だった。


「あまり使いたくなかったが、こうなったら仕方ねえ」


 泥棒がヒュームを盗みながら室内に仕掛けていた物、それは小規模の爆発を起こす炎魔法と、風魔法を巻き起こす使い捨ての魔法具だった。

 それを使い、もしもの時には侵入した家の一部を破壊し、破片と煙幕を砂竜巻の如く巻き上げ目眩ましにし、あえてその場所に注目させ、一瞬にして身姿を変えて本人は隠れ逃げる。

 もしその心配が無くとも、その魔法具は時間経過で自然消滅する為、痕跡も残らない。

 いわば無理矢理にでも逃げるための緊急手段である。


「あっ、見ろ! 一瞬見えたけど木箱ぶっ壊されてるぞ!」


「なんだって!? ってことは、あれ空き巣か!? 俺らが帰ってる間にはもう狙われてたってのか!」


「空き巣にしては派手すぎるだろ! でも、そういうことで間違いないなさそうだな。でもこの状況、一体何がどうなって」


「お二人共、ちょっとよろしいですか」


 自分達が居候中の住処が半壊させられ、パニック状態に陥る二人。

 自分がいる場所だけならまだしも、ティアの部屋まで破壊されてしまっている。そもそも部屋借りである身で家主に迷惑をかけてしまったとあっては申し訳が立たない。

 どうすればいいのかと物事の優先順位が立てられないくらいに慌てていた二人に、女性の声が割り込む。


「あれをぶっ飛ばせばいいんだよな。それなら、うちにやらせていただきます」


 自分にあれを対処させてほしいと申し出る女性。

 元がB.O.A.H.E.S.ということもあって、戦闘力にはおそらく期待できるかもしれない。

 だが、ついさっきまで消耗の激しかった様子もあって、このような荒事を任せてよいのか、そもそも出会ったばかりの相手に任せて良いのかと、大我に心配の良心が働いた。


「大丈夫……なのか? あまり無理しないほうが」


「さっきのお礼ですよ。この世界に飛び出してからずっと助けられてばかりだったから、ちょっとでもお返ししませんと。それに、僕にはあの中が視えるんです」


 女性の眼が小さく歪み、人間のようなそれから鳥類のような瞳に変化し、人間よりも鮮明な網膜が世界を明るく写し出す。

 その視線は確かに、悪風の向こう側に動く男の姿を捉えていた。


「だから、こうやって……」


 女性は立ち姿勢のまま左足をちょっとだけ前に出し、右腕を大きく後方へと下げていく。

 肩は人間の可動域を超えて後ろに後ろに下がり、服のように造られた表面とうなじ部分の皮膚がぎちぎちと伸びて変形していく。

 しなやかで美しい右手は、五本指から猛禽類のような四本指となり、筋肉質な張りが生まれ始めた。

 まさしくその姿は人の形を纏った異形。


「うりゃあっ!!」


 おおよその感覚でちょうどいい力具合を確認した女性は、まるでスリングショットのように引っ張った右腕を、砂嵐に向けて弾丸のような速度で撃ち出した。

 関節も何も関係なしに勢いのままに伸びていく、凶器のような変化を遂げた右腕。

 真っ直ぐロックオンした泥棒から狙いを逸らさず、一切のブレもないまま空を切った。


「予定外のことは起きたが、やっぱり準備しておくに越したことはねえな。抜け道は確保した。あとは……」


 粉塵嵐の内側でいそいそと逃走の準備を整えていた泥棒。

 真っ先にフードを脱いで灰も残らない程に燃やし、外の様子を伺いつつ、人々の視線が家屋に向きつつも自身には刺さっていないことを確認する。

 いざ静かにかつ迅速に逃げようとしたその時、この世の物とは思えない異形の腕が真っ直ぐと風塵の壁を貫いた。


「なにっ!?」


 その刹那、世界がスローモーションのようになった感覚。

 確かに外側からの視界は遮られているハズ。だがこの奇妙な腕の進行方向は間違いなく自分を目標にしている。

 侵入してから判断するようなブレーキも見られない。泥棒の直感に電撃が走った。


「うおっ!? な、なんだこいつは!?」


 鷹のような鋭い四本爪の腕……とも言い難い肉の触手の不意打ちを、泥棒はギリギリの所で避けきった。

 その回避をしっかりと認識しているのか、泥棒が立っている位置を通り過ぎた瞬間に勢いが弱まり、ぐるっと蛇のように手のひらのような面を向ける。


「俺を……見てる……のか……!?」


 泥棒がこの時抱いたのは、立ち位置がバレているという焦りでも敵対心でもない。眼の前の存在が理解できないという恐怖だった。

 当時、離れた場所にいた為に直接の被害を被ることのなかった巨大な肉塊のような怪物。

 それを目の前で見たとしたら、襲われたとしたらどれだけの怖れを抱いただろうか。

 その疑問に似た実証が今、眼前にて繰り広げられようとしていた。


「――――ああクソッ! こんなわけのわかんねえのに脅かされてたまるか!」


 だが今は、未知の脅威などに足止めされている暇はない。

 泥棒は手持ちのナイフを握り、小さく震えながらも正確な捌きで刃を奮った。

 しかしその一発一発は全く当たる気配はない。それどころか、まるで目の前で見られているかのように避けられている。

 直後、肉の触手に無数の眼球が生やされた。


「っ!!」


 冒涜的な様相すら見せる一本の触手から一斉に視線を向けられ、奥底に響くような怖気を感じた泥棒。

 怯んだ一瞬を逃さず、触手は立ち尽くす相手の腹部に勢いよく突きを放った。


「ぐふっ……」


 しっかりと身体を鍛え、それなりの耐久力を有しているはずの男ですら、重く響くような衝撃に声を出して怯む。

 その隙に周囲をぐるっととぐろを巻くように回り込み、一つ一つの眼球が釘刺すような視線で見つめる。

 そして、瞳の奥から蜘蛛の糸のような粘液をノズルを細めたシャワーのように吐き出し、全身を雁字搦めに繋ぎ止め捕獲した。

 まるで本能から動き出しているかのような流れのスムーズさ。瞬く間に捉えられてしまった泥棒は、その場で失敗と後悔に嘆きながらばたばたと抵抗するしかなかった。

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