第130話

「さっきは悪かった。いきなり肩撃ち抜いたりして」


「いいえ、構いませんわ。あたくしの本体に何かしらの敵意があることは、なんとなく冊子がつくからな。それに……」


 彼女はエルフィに穴を開けられた部分に人差し指を置く。そして、何を考えたかもう一度思いっきり突刺しぐりぐりと穿り、再び同じように穴を開けてしまった。


「この程度、わしにはかすり傷ですわ」


 強調するように穴を拡げた肩を突き出し、再びややグロテスクに回復していく様を見せつける。

 態度や人物によってはまるで挑発しているかのように捉えられかねない行為だが、彼女は純粋にほら大丈夫だという表明でそれを行った。


「まあ、なんともないならいいか」


「ええ。いきなりの攻撃はびっくりしたけど、それ以外は……うっ」


 困惑の渦中にいながらも意思疎通を続けてきた女性。しかし突如、苦しむような単発の声を出して膝をついた。

 その表情の色も苦悶そのものであり、重病的な苦しさではない様子だが、身体を動かすことそのものが辛そうに見える。


「おい、どうした?」


「大丈夫か?」


 容態の異変に大我も近寄るが、エルフィはまだ近づかないようにという意思表示に右腕を突き出しす。

 大我は少々もどかしさを抱くが、その理由もはっきりと理解できるため大人しく従い、あと2歩で至近距離だという位置から少しだけ下がった。


「この姿を固定するのも、僕自身の意識を保つのもエネルギーが必要で、ようやくこの形を保てるようになるまでずっと消費し続けてきたから枯渇気味なんだよね……だから身体が重くて、ここに来るまでの間、ずっと木とか虫とか動物を喰いながら歩いて来たんよ」


 不死身の肉塊が疲労困憊に陥る程の消費。一体通常の生物ならば生涯の何十回分に相当する量なのか。

 しかしそれを聞いた大我は、直感的になんでもいいから何か生物的な物を食わせればエネルギーとして還元できるのではないかと予想する。

 そして、近場に出店している串焼きの売店へと足を向け走った。


「…………いつまでここにいやがるんだ。鍵かけた後なんだからとっとと立ち去りやがれっての」


 偶然か必然か、予想外の出会いがフローレンス邸の側にて発生していたその間、大我が受け取った大量のヒュームを狙った泥棒が、その所有者の部屋で外の様子を伺いつつ逃走の時を測っていた。

 途中から先回りした泥棒は、窓からではなく壁に耳を密着させて音を聞き、内部での物音や細かな足音、木箱を置いた重音のだいたいの位置を把握。

 ドアが締め切られ、家を出たことを察知した直後から手早く壁を切り取り侵入、もしもの事態に備えた仕掛けを作りながら、持ち運びに大きな支障が出ない程度に奪い取り、そのまま立ち去ろうとしていた。

 だが、その直後に大我達が女性との出会いにより周辺に軽い騒ぎが起きてしまった。

 それが泥棒にとっての大きな向かい風となり、立ち去ることが出来ない状態となってしまった。

 大我達がいなくなるタイミングをじっくりと伺い、焦らず我慢を重ねる。

 そして泥棒は、一度部屋主がその場から離れた瞬間を見逃さなかった。


「よし、今のうちに」


 僅かな隙間にようやく生まれた逃走のタイミング。

 泥棒はそれを逃すことなく開けた穴から飛び出し、経験を活かして緊急で組み立てられたされた緊急空き巣計画を完遂しようとした。


「ちょっとそこの、なにしてるんだ!」


「なっ――――」


 想定外の介入。完璧だった筈の流れに穿られた偶然の穴。

 その声は間違いなく自分に向けられている。周囲には誰もいるはずがない。自分がそのように行動したのだから。

 泥棒は動揺を押し殺しながら、声が投げられた方向へと目を向ける。

 そこには甲冑に身を包んだ、三人ほどのネフライト騎士団の団員達が視線をきっちりと泥棒に向けていた。


「受けた一報の変質者ってあれじゃないですよね?」


「全裸の状態から突然服を生み出した女性か……まあ似ても似つかねえな。だが怪しいことには変わりねえ」


 その騎士団員たちは、全裸状態の女性を目の当たりにした者たちが保護や一旦の確保を求めて通報し、それに応じてやってきた者だった。

 当然文言には、泥棒のどの字もない。なので本来の内容には微塵も関係ない。

 それが偶然視界に入り、偶然のタイミングで看過できない遭遇をしてしまったが故に、見過ごすことはできない状況が作り上げられたのだった。

 泥棒にとってはまさしく、隕石が命中したような低確率の不幸である。


「とりあえず降りてきてもらえるかな? 話を聞かせてもらいたい」


「ぬぐ……ぐ……」


 完全に虚を突かれた絶体絶命の状況で固まる泥棒。

 一方でそんなことが起きているなどつゆ知らず、大我は早速もらったヒュームを三本の羊肉の串焼きの為に使い、それを女性の前まで持ってきた。


「これで足しになるかはわからないけど、どうぞ」


「ああ……かたじけない……助かります……」


 女性は差し出された串に刺さった肉を掴み、取っ手の部分から手のひらに突如押し付け始める。

 二人は一体何をやっているんだと困惑の表情を示すが、直後、その串は右手の中にずぶずぶと、木片を噛み砕くような音と共に沈み始めた。

 彼女は手渡されたそれで遊んでいるわけでは一切無い。それが彼女の食事法なのである。

 人間と同様に口から食することも可能だが、それはその形造る生物の模倣行動に過ぎない。

 口だろうが鼻だろうが、額、耳、首、うなじ、腕、胸、腹部、下半身、足、どこからでも有機物を吸収することができる。

 それが彼女の食事行為だった。


「あっ、なんだかおいしいって感じてるような気がする……」

 

 ばきばきと串を潰し砕き、肉をがつがつと貪る。

 一本食べ終わる頃には、彼女の表情は満たされたような安堵の笑顔を浮かべていた。

 肉汁や油、調味料がこびりついていたはずの右手も既に綺麗になっており、先程まで直接肉を握っていた痕跡はどこにも見られなかった。


「その二つもくだちゃい!」


 残りの二本も大我の手から奪い取り、今度は左手と眉間に先端から押し込み、そしてガツガツと吸収していった。

 取り上げるその瞬間、ほんの僅かに大我の手に触れていたが、一部分を取り込むような挙動は一切見られなかった。

 手のひらと頭部で上下に揺れながら徐々に奥へ奥へと沈んでいく羊肉の串。溢れて鼻の上や唇を伝っていく肉汁も逃すことなく、皮膚の上から瞬時に吸収。

 優しさから手渡された食事は、他生物には決して出来ないであろうワイルドかつグロテスクな食し方で平らげられた。


「ふう……助かった……少しだけ身体が楽になった気がします」 


 額から小さく垂れる雫も取り込み、ようやく気力が戻ってきたと笑顔を見せる女性。

 見た目にあまり変わった様子は無いが、つい数分前よりもどこか声や動作にハリがあるように見える。


「よかった。これで大丈夫そうだ。そういえば、あそこ目指してるんでしたっけ?」


「ええ、そうだけど」


「なら、一緒に行こうぜ。目的地は同じだし、どうせなら誰かがついてる方がいいだろ」


「……そうっすね」


 いくらエネルギーを補給できたといっても、この先の道程で自分がどうなるかわからない。

 親切にも食べ物を渡してくれたこの人物なら信頼できるだろう。隣の小さいのも敵意を向けてはいたが、ちゃんと手を止めたのでその分の常識は信用できる。気がする。

 女性は、地獄から抜け出しようやく希望に縋り付くことができたと内心での喜びを踊らせ、その申し出を受け入れた。


「よし、決まりだ! 俺は桐生大我。こっちはエルフィだ」


「…………よろしく」


 まだ釈然としなさが残っているエルフィの態度。だが攻撃の準備すら解いた分、警戒心は既にかなり解きほぐされたと言えるだろう。


「あんたの名前は?」


「名前…………名前?」


 女性がその返答を言いよどんだ次の瞬間、突如フローレンス家の家屋の方向から派手な破壊音が聞こえてきた。


「なんだ!?」


「おい今の方向!」


 大我達は咄嗟に音の方向へと身体ごと向ける。

 そこには、木製の天井や壁が砕かれ剥ぎ取られ、砂嵐のようにして周囲に吹き荒ぶ光景が広がっていた。

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