第128話
しばらくの間馬車に揺られ、どこか感じる懐かしさと共にリラックスしながら家までの帰路を進む二人。
時にこの世界の話題を、時に昔の話をしながら、ちらっと外を覗いて街の景色が移ろう様を楽しむ。
歩きや走りとはまた違う見え方によって、それなりに見慣れた光景も新鮮に見えた。
そうしてくつろいでいるうちに、馬車はフローレンス家の自宅前へと到着した。
「お疲れ様でしたお二人共。着きましたよ」
御者が移動の終了を、停車の揺れと共に優しい声で知らせる。
「荷物はしっかり、忘れないようにしてくださいね。中身は一応聞いていますが、世の中何が起こるかわかりませんから」
「ありがとうございます」
親しげながらも丁重な対応に、ちょっとだけ観光地っぽさを覚えた大我。
まず大我が地面に先に降り、エルフィが一つずつ木箱を運び出してはそれを受け取り一旦地面に置いておく。
それを三度繰り返し、忘れ物が無いかどうかを念入りに確認し終えると、御者は頭を下げてその場から去っていった。
到着した居候中の自宅からは、人の気配は何一つ感じられない。
その当日、フローレンス家の人々は用事の都合でアルフヘイムの外へと出掛けており、大我はいつでも自宅に入れるようにと鍵を手渡されていた。
「おい大我、早く開けてくれよ。このプレッシャー結構しんどいんだからな」
「わかってるよ。今まで触ってた鍵と違いすぎてなんか面白いなーって」
桐生家の自宅に備わっていた鍵とは形状も大きさも違うため、鍵そのものとしての扱いよりも小物としての視点でちょっと興味を惹かれた大我。
鍵穴に差し込み、外出時に覚えた手付きで回し、誰もいない家内へと足を踏み入れる。
エルフィがドアを支えて、大我が一つ一つ木箱を運び、全て入れ終えるとしっかりとドアを閉めた。
「なんか、金運んでるよりも家具運んでる気分だこれ」
設置された家具を避けて、改めて一つずつ自室へと運び出していく、
一歩一歩、転げ落ちないように足元の位置を確認しながら階段を上り、うっかり予め開けるのを忘れていた自室のドアをエルフィに開けてもらい、窓のそばにあったちょっとしたスペースに二段重ねと一段の横並びに設置。
家具間の邪魔をしないようにしつつ隙間を詰め、なぜかはわからないが衝動的にありがたやと箱に向かって合掌して拝み、ようやく予想外に発生した移動作業を終わらせることができた。
「あ゛あ~~!! 終わったーー!!」
運んだばかりの箱を背もたれにぐったりと座り込み、作業終わりの余韻に浸る大我。
ずっと肌身と一つになったように過ごしていた静かな空間。療養期間の間に、なんだか特別落ち着くようになった気がする。
「お疲れ。んで、これからどうするよ? せっかくの大金、ブワっと使わないのか?」
「なんだろう。いきなり大金渡されてもどうしようかわかんないな。特段あれほしいこれほしいってのがいっぱい見つけられたわけでもないし」
「まあ、だよな。突然持ち金が何百倍とかになったらなぁ」
金銭感覚の上限が一気に吹き飛ぶような突然の舞い込みに未だ実感が沸かす、どうすればいいのかとぼんやりとした思考が巡る。
かつて欲しかった衣服や日用品、娯楽作品やスポットは全てなくなった。が、おそらくそれら全てに使い果たしてもだだ余りする金額。
だが、アルフヘイムにて欲しくなった物品や衣服、食べたいものは沢山というわけではなくともそれなりに存在する。
であれば、今の海の広さほどの余裕がある状態で色々買ってみるのも悪くないだろう。
「ちょっと出掛けるか。せっかくだし、思いっきり残金気にせず買い物とかな!」
「いいねぇ! 俺もそれに乗らせてもらうぜ!」
とりあえずぶらつき、買いたいと思ったものをどんどん買いに行こう。ただ目的もなく溜め込んでいても宝の持ち腐れであり、金は使わなければ意味がない。
これからどうしようかということも全く浮かばず、どこかクエストに行きたいという気分でもなかったため、大我はまさしくとりあえずと街へ赴くことにした。
「と、その前に。ちょっとアリア様のとこによらせてもらってもいいか?」
「あれ、行ってなかったのか?」
「お前にずっと付きっきりだったしな。それに……お前を治療した少し後ぐらいから、なぜか籠もりきりだったんだよ。姿も見られないし話も出来なかったし。何か観測してるのか確認作業でもしてるのかわからねえけど、もうそろそろ会える頃じゃないかと思ってな」
「……そうだな。顔見せるいい機会かもしれないな」
エルフィの話から、どうしようもなく不味いグミをもらって以降一切出会っていなかったことを思い出す。
元気になったことだし、挨拶も兼ねてエルフィについていき顔を出すのもありだろうなと、発言内に少し気になる内容もありながらも方向転換を決めた。
「よし、んじゃあ今から行くか!」
座ったばかりの腰を持ち上げ、アソートボックスから飴を取り出すようにヒュームを取り出し財布の中に纏め、きちんと鍵をかけてから二人は家を飛び出した。
「馬車は……さすがにもう行っちゃったか」
「楽できそうだったのになぁ……」
「とっとと会いに行って、飯でも食いに行こうか」
「二人だけでもいいけど、誰か誘うとかは」
「まー無理だろうな。ティアは今いないし、アリシアも多分今頃クエストだろ? ラントは修行してるって聞いたし
「ルシールとセレナはまあ……無理だろうな。誘えそうな相手はあんまりいないか」
「仕方ないさ。んじゃ、さっさといこうぜ」
こういう日もあるさと深く気にせず、大我は世界樹に向けて足を動かしたその時、エルフィは背後にただならぬ気配を感じ取った。
それは以前に退け封印したはずのものにとても酷似した気配。生物を喰い尽くす異形の気配。
気のせいとは到底思えないその感覚に脊髄反射の如く振り向いたエルフィ。その視線の先にいたのはシンプルな布地の衣服に身を包んでいるが、足元には何も履いていない、どこか生々しさを感じさせる赤色に染まった髪色を持つ女性だった。
彼女の表情はどこか苦しそうな困り顔で、どこにも不審な様子は見られない。
しかしエルフィは、劇物に睨みを利かせるような目つきで最大限の警戒を向けた。
「どうしたんだよエルフィ、怖い顔して」
「大我、あいつには絶対近づくなよ。絶対に」
二人の温度差の大きいやり取りの中、その女性は二人から自分に視線が真っ直ぐ向いていることに気づいた。
少々覚束ない足取りで、小さな石や砂粒を巻き込みながら進んでいく。そして、自身も二人の方へ眼を向けたその時、全身の細胞一つ一つからじんわりと本能的な衝動が滲み始めた。
「あなた、お前……あれ、あの人……今まで見てきた人達と違う……?」
彼女の視界には、それまでは大我とエルフィを中心に写されていた。しかし今は、なぜか大我しか映らなくなり始める。
一体全体その理由はわからないが、どんどん足が引き寄せられていく。
欲を求めているような表情をした女性は、ぺたぺたと足跡に小さな肉片の後を残しながらその歩く速度を早めていった。
「なんだか……あれ……行かないと……」
その速度は普通の歩きから早歩きになり始める。
そして、まるで恋人の身体に抱きつくような動作で手を伸ばし、倒れ込むように寄りかかろうとした。
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