第127話

 二人が優雅な移動手段で帰宅していたその頃、アルフヘイムの南門ではある異様な格好をした人物が現れたことにより、人々がざわざわと騒ぎ始めていた。


「な、なんだよあの格好!? 堂々と裸で!?」


「見ちゃいけません、早くここから離れましょ」


「何かあったのかアレ? にしては割と元気そうだけど」


 その光景に、男性陣は鼻の下を伸ばす者と恥ずかしがりながら目を逸らしたり心配するものに分かれ、女性陣は子供に見せないように避けたり、付近にどこか服屋が無いかとその相手の心配をしながら冷静または慌てふためいていた。


「ようやくついたぞよ。意思疎通が出来そうな相手がいやがるみたいで助かるわ」


 南門を過ぎ、羞恥の雰囲気なく堂々とアルフヘイムにやってきたのは、衣服一枚、葉すら着用せず、それでいてその肉体美を自慢しているような感じも無くただそれが当然であるかのように堂々としている、自然なようでどこか生々しい赤茶色の髪色を持った一人の女性だった。

 彼女は街の人々から無数の視線を集めていることを自覚しながらも、なんで自分の方を見ているんだろうと常識はずれの疑問を抱きながら、道なりに歩みを進めていった。


「……けど、ここの人達、なんか感じが違うやんけ……」


「ちょっとそこのあんた!!」


 一人のエルフが、周囲を見渡しながら歩く、止まる気配のない赤髪の女性を呼び止める。

 その顔はやや赤面しており、手にはだいたい身体の大きさに合うであろう衣服が用意されていた。


「えっ、俺か?」


「あなた以外にいないわよ! それは置いといて、その、全裸で街なか歩いてて恥ずかしくないの?」


「………………あっ」


 ようやく面と向かって言い放たれた常識的な範疇の衣服着用。

 最初その質問にキョトンとしていたが、直後にエルフの服装を舐め回すように確認し、それから周囲の人々の格好を認知していくと、彼女はようやく何かに気づいたようなちょっと間抜けな声を出した。


「そういえばそうだったわね。服を着るって、それが当然だって記憶も認識できましたよ。それなら着ないといけねーな。ありがとうございます」


 そう一度は言い放つが、彼女はエルフが差し出した衣服には目もくれずに自分の肌に手を当てた。

 一体何をしているんだと周囲は疑問を抱くが、直後、彼女の体表面は突如スライムのように波打ち、皮膚の形を用意された服のような形に変化させ始めた。

 紐や丈の長さ、目に見える細かな装飾品や色合いまで完璧に再現する彼女。その様相はまさしく変身、変形としか言えない代物だった。


「こんな感じかね。どう? ちゃんと出来てますか?」


「え……あ……そ、そうですね……」


 その場にいる者から彼女に向けられる視線の意味が大きく変わった。

 戸惑いに染まったエルフの返事を聞くと、彼女はピュアな笑顔をみせて可愛いらしい仕草で首を傾けた。


「ありがとうごぜえます! 僕の心配をしてくれて。何もない状態でいるのも、そういえば失礼だって刻ませてくれたしね。このお礼はいつかさせていただきます」


 心からのお礼を口にした後、彼女は最初から最後まで終始全てが一貫しない口調のまま、困惑の空気を押しのけるように歩き始めた。

 どこへ向かおうとしているのかは皆目見当はつかないが、少なくとも世界樹の方へと進んでいる。

 騒ぎの中心が去ったあとも空気が固まったままだった南門付近。彼女はその場にいた人々の記憶にとても強い印象を残した。


「ど、どうしよう。騎士団に言ったほうがいいかな?」


「まあうん……どうみても変質者だったけど服着た……服??」


「一体何だったんだアレ……」


 近づいたエルフの女性とのやり取りやその後を見るに、本当に悪気も何もなくあのような格好をしていたようにも見える。

 しかしその外装を作り出した異質な過程もあって、人々は一体どう扱えばいいのだという混乱状態に陥っていた。


「…………とっておこうかな」


 結局その場で購入した服を渡そうとした親切なエルフも、その一連の流れを最も間近で見ただけあってわかりやすく混乱の感情に陥っていた。

 しかし、向けてくれた言葉も笑顔もとても純粋で、口調はおかしいが嘘偽りは無いように感じられた。

 エルフの女性は、いつか改めて渡そうか、もし渡せなくても自分が着られるからと、買ったばかりの服をとっておくことにした。


「みんな親切でしたわね……とりあえず、まっすぐ行けば……」


 そして、騒ぎの中心だった彼女は、衣服のようにしか見えない体表面を身に纏ったまま、再び街の中心目指して歩みを進めていた。

 全裸から着衣らしい様相に変わっただけでも、人々から集められる視線は一気に少なくなり、大きな騒ぎが起きる可能性はわかりやすく削れている。


「うっ……また体力が……」


 しかし彼女には、未だそれ以外の問題も残されている。

 肉塊から形を変えて動き出した当初、彼女は自身の不安定さも相まって深刻なエネルギー不足に見舞われていた。

 ちょっと油断すれば変化が崩れてしまいそうな形状を保つ労力と安定性の確保、本来の能力の減退。その出生から不死性こそほぼ担保されているが、それとこれとはまた話が別となる。

 その為、彼女はアルフヘイムに向かうまでの間に無数の動植物を捕食吸収し、自身の糧としてきた。

 それでも四肢の動作に影響が及び始める程に消費が届き始めている。彼女は静かに口を紡ぎながら、生存の余地を手に入れるために改めて足を進めた。


「たぶん、あそこに行けば何かがある。あたいがどうすればいいのかも。これからどう生きていけばいいのかも」


 ようやく飛び出した世界。生死の煉獄から解き放たれた唯一の機会。

 彼女は絶対にこの世界で生きるという決意に満ちた目で、世界樹の方を目指した。


「さっき捌いたばかりの鳥で作ったチキンボールだよー! おいしいよー!」


「――――――!!」


 肉体に刻まれた記憶からかすかに響く足止めの感覚と、エネルギー不足から来る本能からの心の叫びに抗いながら。

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