第125話

「……………………なっ!?」


 街なかからその外の人々の依頼まで無数に集まる、アルフヘイム最大のクエスト紹介所、恵みの足跡。

 そこに訪れた大我は、一人の受付嬢の案内によって、エルフィと共にいつもは解放されているがこの日なぜか一時使用禁止となっていた応接室へと連れてこられた。

 先日、リハビリがてらにティア達と軽いクエストを受けて来たばっかりであり、筋力そのものは確実に落ちたが完全復活をその身にはっきりと味わうことのできた大我。

 その矢先に、クエスト紹介所のスタッフと直々に対面するというよくわからない流れに乗ることとなった。

 ここ数ヶ月ずっと自室で過ごし、ちょっと外に出られたとしてもそんな遠くまで足も運んでいない。二人の脳裏には、この状況になることに思い当たる節が全く浮かばない。

 備え付けられた木製の椅子に腰掛け、若干の困惑のままにテーブルに身体を置いていると、直前に案内をした受付嬢と数名のスタッフがやってきた。

 そして、二人の前のテーブルにドンと重量感を表しつつ置かれたのは、すぐにはまず間違いなく数え切れない程のヒュームが詰め込まれた大きな鍵穴付きの木箱三点セットだった。

 一応鍵はついているものの、材質面でとてもセキュリティ面での不安が残る。


「えっ、あの……これって一体……なんですか?」


「まあ、そう思われますよね。私もビックリしましたから」


 受付嬢も花のようでありながらちょっと困った表情を見せながら、大我の言葉に同調する。

 どうやらその台詞に嘘はないようだ。


「で、実際のところ、このお金はなんなんだ?」


「これはですね、私共のオーナーが大我様に是非ともこの金額を渡したいという突然の思いつきで、慌てて詰め込んだものなんです。合わせて5500万ヒューム入っています」


「ご、ごおおおお!? ごせんごひゃく……まん!!?」


 なんの前触れもなく、唐突に提示されたとてつもない額の金銭。

 まるでドラマや映画の中で見た、犯罪組織の取引現場をリアルに体験しているような現実感の無さに、大我はとても間抜けな声を上げて聞かされた単位を繰り返した。

 その側にいたエルフィも、目を丸くして固まっていた。


「どうぞ、お受け取りください」


「え、いや、ちょっと。いきなりこんな大金渡されても意味がよくわからないというか……」


 理由があっても無くても、単位こそ違ってもこんな大金は宝くじと画面の向こうでしか見たことも聞いたこともない。

 大我は下心が覗きつつもよくわからないまま受け取るわけにはいかないと、その理由を聞こうとした。


「一体、なんでこんな」


「…………報酬ですよ」


「報酬? そんなクエスト受けた覚えは……」


「大我さんとエルフィさんですよね? バレン・スフィアを消滅させたのは」


「あっ」


「バレン・スフィアに対する依頼は、神伐隊が敗北した時点で解除され、それ以降あの穢れの塊は現象として処理されることとなりました。誰も消しされる者はいませんでしたから。それなのにあなたは、そんな絶望の塊を完全に取り除いてくださいました。オーナーに代わって私が言いますが、本当だったらまだこれじゃ全然足りないくらいなんですよ?」


 受付嬢の声は柔らかく、内容こそオーナーの受け売りが殆どだが、大我へのお礼を述べる部分では、自然と心からの感謝の気持ちが込められていた。


「この金額は、『恵みの足跡』から出せる、店が大きく傾かないギリギリを込めた全霊の気持ちだ。と、オーナーが。これに比べたら微々たるものですが、私達の気持ちも込めてありますからね」


 受付嬢が、これまでの営業スマイルとは違う柔らかな笑みを見せて、深々と頭を下げた。

 ちょっとしたむず痒さと照れ臭さを覚えた大我は、それはもうわかりやすく慌てた。


「ち、ちょっと! 頭下げなくても大丈夫ですから……」


「そうはいきません。実は私の父親が、過去にバレン・スフィアへと向かったんです。予想は出来ると思いますが、それから父親は帰ってきませんでした」


 その礼への理由を強固にするように語られる受付嬢の過去。

 一気に空気が重くなりかけるが、そうはさせないようにと、慣れた微笑みをちょっとだけぎこちなく見せた。


「でも、これで私のつっかえが取れました。お父さんの仇を取っていただいて、本当にありがとうございます」


 受付嬢は自身の過去を語った上で改めて深々と、そしてほんの短い時間だけ頭を下げた。

 

「さて! この話はこれで終わりです。ちょっと話が反れちゃいましたね。二人だけだと運べないだろうとオーナーが表に運搬係も手配してますので、快適にご帰宅くださいねっ。それでは、私はお仕事に戻ります」


 受付嬢が最後の笑顔を礼を見せて、言葉通りに応接室を去っていった。

 たった二人残された部屋で、大我は未だ抜けない唖然感に、エルフィの顔を見つめていた。


「なんか、ああいうとんでもない化物を倒すとこういうことが起こるって本当なんだな」


「もっと胸張ってけ大我。俺も最初は驚いたけど、お前はそれだけのことをしたんだからさ。ゲームでいやあ世界を救った勇者様だぞ!」


「いや、そのことは俺もちゃんと受け止めてる。まだちょっと完全にじゃないけどさ。それより……この大金の方がビックリなんだ」


「どういうことだ?」


「…………俺の過去の財布の最大所持金、一万円だぞ」


「あっ……なるほど」


 この時のエルフィの視線は、ちょっと可哀想な物を見るような目だったという。

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