第117話 かさぶたのいつか

 アルフヘイムの崩壊した地区の復興が進み、元の形を少しずつながら取り戻していった頃。

 ネフライト騎士団は未だ残るであろう未曾有の危険に備えて羽虫一匹すら残さないような体制で見回りを強化し、人々と街の回復の邪魔をされないようにとその職務を全うしていた。


「これで三匹と……こりゃしつこい汚れみてえになってるな。なあ副団長、まだ街に隠れてると思うか?」


「あまり考えたくはないけど、おそらくは。何せ、相当にたちの悪くなったスライムのようなモノだ。甘く考えられない」


 そんな中で、副団長のエミルと第2部隊隊長と副隊長のバーンズとイルは、寄せられた肉塊の目撃情報を元に自ら趣き、人が離れた一軒家の地下室にて殲滅作業を行っていた。

 性質こそ非常に迷惑極まりないが、巨大ささえなければただの一モンスターから少々逸脱した存在に過ぎない。

 だが未だ危険な存在であることには変わりない為、実力者である隊長格や戦闘を好む第二部隊が、余裕のある内に直接の調査を含めて対応に向かっていた。


「申し訳ありません。私達がもっと虱潰しに回っていれば」


「気にすんな、イルのせいじゃねえ。こんなそこら中の隙間うねうね動けそうな奴らを全部叩き潰すなんざそれこそ無理な話だ。ましてなあんな真っ只中ならな。それを目に見える範囲だけでも掃除できたんなら、そりゃ相当な功績だ」


「……ありがとうございます」


 クールで冷静な表情を絶やさないイルだが、バーンズの顔を見ないようにしているのか、少しだけ顔ごと視線を反らして黙り込んでしまった。


「相変わらず、いいコンビで安心するよ」


「副団長のお墨付きもらえるたあ嬉しいね。最初に出会った時の、そりゃもう手がつけられねえ暴れん坊だった頃から考えるとな……」


「あ、あの時のことはひっくり返さないでください! 私も変わろうとはしてるんですから……」


「そうか。けど、無理に全部変える必要は無いと思うぞ。この間、練習試合頼み込んできた数人にそりゃもうボコボコにしてた時の楽しそうな感じっていったら」


「見てたんですか……」


「そりゃなあ、弾き飛ばした剣を踏みつけてへし折った場面見たら見入っちまうよ」


 仲の良い二人のやり取りを、優しい視線で眺めるエミル。

 ふと、B.O.A.H.E.S.との戦い以降、未だに団長室から姿を見せないままのリリィのことを想い始めた。

 運び出すそれまでの間、おそらくは心配をかけないようにと気丈に振る舞っていたのかもしれないが、やはり相当なダメージを負っていたのか。

 度々用件や報告の為にドアの前までやってくるが、姿を見せることはそれ以降一度もなく、中から団長の声が聞こえてくるだけである。

 今現在入室できるのは医療班のみ。大事には至っていない様子だが、その憧れの人の姿を見られないことが、どうしてももやもやが生まれて仕方なかった。


「あいたっ」


「ボーッとしすぎだぜ副団長。また団長の事でも考えてたのか?」


 こつんと人差し指の第二関節を曲げて額を小突き、寂しさを感じさせるような、どこか感傷的になっていたエミルの意識を揺り戻す。


「ああ……すまない。団長は大丈夫だとは言ってたけど、その姿を見られないのはやっぱり寂しくてね。私がこの騎士団に入るキッカケにもなった人なのもあって、信頼はしていても……ね」


 リリィの強さ、心意気、性格、全幅の信頼を置いているエミルには、言葉の通り強い心配はない。

 今抱いているのは己のエゴであることはわかっている。依存気味な様子も見えるが、それでも姿を見られないのは寂しいしやはり側についていたい。

 そんな中バーンズはイルの肩を軽く叩いて立ち上がり、地下室の入口へと歩き出した。


「副団長、思い詰めるよりも、まずは腹ごしらえでもしとこうぜ。そろそろそういう時間でしょう」


 バーンズなりの上司への思いやり。そして、エミルに対しての恩義が垣間見える気遣いだった。

 あれこれ抜け道のない感情の思考へと捕まる前に、まずは日常の幸せを人々と共に分かち合おうと、昼食も込めて誘い出した、


「――――そうだね。ありがとうバーンズ。最近食事も一人が多かったから、是非お供させてもらうよ」


 表面ではなく魂から、その言葉の奥の気持ちまでもしっかりと理解したエミル。

 騎士団のナンバー2が、部下に気遣いをさせてしまっては面目丸潰れだと気を引き締め、笑顔をみせて外へと歩き出した。


「その意気だぜ副団長。上がそうなると、不安になって仕方ねえや。俺の部下が作るポトフは絶品だぜ」


「それは嬉しいね。以前食べたことがあるけど、あれは私も好きだ」


 上司と部下の間柄、そして男同士の感情を感じさせる二人の間。

 そこに割り込む必要も、自分が入り込む必要も無いだろうと二人が階段を登る様を見守っていたイルは、少しだけ間を開けてから、手に持ったレイピアで足元に隠れていた肉塊を容赦無く突き凍らせ、砕き絶命させてから立ち上がり、隊長達の後をついていった。

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