第116話 人狼の予勘
「ほらよ、依頼されたモンスターの頭だ。思ったより大したことなかったから、まとめて片付けといてやったぜ」
「あ、は、はい……で、では、討伐証明としてこちらで保管させていただきます」
衛生面を考慮し、断面を焼き付けた巨大なトカゲ、カバ、蛇の頭部を受付に差し出した迅怜。
バレン・スフィアから戻って以降、人狼でありながらも人寄りの要素が日に日に失われ、まさしく野生の狼のようになってしまっていた彼は、穢れを外に出さないようにと同時に、ずっとその姿を見られたくないがために籠もり続けていた。
人狼は元来、使えないわけではなくとも魔法に不向きな種族である。
魔法に対して強い憧れを持つが故に自身の生まれを嫌悪していた。そして、その望みを実現する為に長い時間をかけて鍛錬し、ついにはアルフヘイム内にて類まれなる身体能力と雷魔法を兼ね備えた戦士となった。
その積み重ねと誇りがたった一日で歪められたことは、一生に残る屈辱となり刻まれた。
そして今、ずっと縛り付けていた枷から解放され、十年ぶりに自由な闘争へと身を投じた迅怜は、B.O.A.H.E.S.との戦いにて背負った無数のキメラと肉兵を蹴散らすだけでは飽き足らず、崩壊した地区の土木作業を手伝いながら、その後に舞い込んできたモンスター討伐の依頼をまとめて受け、全身にのしかかる物足りなさを復興も兼ねて解消するようになっていた。
「絶好調じゃねえか迅怜! やっぱ、ずっと堪えてた分腕が鳴るってか?」
「はっ、あんな奴らを倒しても、まだ調子いい内には入んねえよ。図体だけでかくて能がねえからな」
「相変わらずの口振りで安心するな。一回だけお前の姿見に行ったときは、そりゃもう相当参ってたからな」
「なっ、う、うるせえ! そういうの律儀に覚えてんじゃねえよ!」
紹介所に訪れていた長い付き合いの友と、冷水を飲みながら懐かしさすら感じる軽口を叩き合う迅怜。
ずっと積りに積もったモヤを晴らすような戦いにこそ飢えていたが、こんな何気ないこともどこか晴れやかな気持ちになる。
そんなセンチメンタルな感情を抱いていた途中、友が一つ、気になる話題を投げかけてきた。
「そういや、最近ちょくちょくアンデッドを見かけるみたいだぞ」
「アンデッドが? カーススケルトンの類じゃないのか?」
「どうも違うらしい。最近、キメラや巨大モンスターの依頼に混じって、そういうのもちょっとずつ増えてきてる。何かあるかもしれねえぞ」
考えてみると、その因果は当然のものではあった。
バレン・スフィアという存在と、その後に甚大な被害をもたらしたB.O.A.H.E.S.。
各所に死体の山が積み上がる中で、骨を拾えなかった者も間違いなく存在する。その数を確認することはとても難しい。
生まれた屍は、アンデッドを作り出すネクロマンサーにとっては最高の収穫。
となれば、人々か見つけられなかった死体の行き着く先は決まっていた。
「……面倒くせえな。ともかく、途中で見つけたんなら叩き潰しとくさ」
「はっ、任せたぜ。死体愛好者なんざ気持ち悪くてあんま関わりたくねえからな」
だが、今の少ない材料では深い部分まで理解と事情を察することはできない。
その情報を片隅に置いておきながら、迅怜はちょっとした休憩時間を満喫した。
* * *
「あの野郎、そんな気分じゃねえとかほざきやがって……」
それから数日後。エヴァンとの勝負をやんわりながらもわりとはっきり断られた迅怜は、憂さ晴らしに受けた遠方の山で見かけた山賊を退治し捕まえてほしいという依頼をこなしに、やや遠めの場所へとその脚力で木々の枝を乗り継いでは飛んでいった。
途中、蜂と犬の頭を備えたケルベロスを退治しつつ、山中で偶然見かけた横穴を目指して進む。
「こんなとこまであれがいんのか……どこまでぶち撒けてやかんだあのミンチもどき」
B.O.A.H.E.S.によってもたらされた肉塊の被害が、思ったよりも遠くまで拡がっていることにも驚きながら、おおよそ隠れ家や拠点としては最適であろう洞窟の前までやってきた。
「臭いがまだ新しいな。中にいるのか」
人狼としての嗅覚を存分に活かし、構成人数、時期を察しながら脳内で整理する。
今ならば一網打尽にすることは出来る可能性は高い。わざわざ探す手間が省けたとちょっとだけ感謝しつつ、足を踏み入れようとしたその時、洞窟の暗闇の奥から三人の土汚れを纏った男が荒く足音をたてて走り出してきた。
「げっ! 入口に誰かいやがる!!」
「押し退けろ! こんな気味悪いとこで過ごすより、化物がいても外に出るほうがマシだ!!」
「退きやがれ亜人野郎!!」
言動と覚束ない武器の準備から、何かに怯えている様子が見られる山賊達。
不愉快の琴線に触れるような言葉にぴくっと反応しながら、迅怜は微動だにせず外の光を背に待ち受ける。
「……舐められたもんだなおい」
走り向かう山賊の一方で、何も気にしていないようにゆっくり歩き出す。
そして、互いが交差するその一瞬、まさに稲妻のような速度で武器を全て弾き飛ばし、正中線に正確な一撃を叩き込んだ。
「こんなもんか。さて……」
反撃に転じる余裕すら与えられず、山賊達は全員崩れ落ちた。
依頼は達成されたが、今そんなことはどうでもいい。迅怜の興味は敵のうち一人が口にした、気味が悪い所という言葉だった。
雑魚ではあったが、体格そのものは良い方である山賊達。それなりに場数も踏んでいる分、そんじょそこらの血肉に塗れた光景では動揺することはないだろう。
あれだけ怯えていたということは、何か得体のしれぬ物があるに違いない。
今どうこうすることはせずとも、確認だけはしておいたほうがいい。
その考えのもと、迅怜は雷魔法の発動準備を整えながら最奥まで進む。
「――――おいおい、こりゃあマジかよ」
迅怜は引き気味の声を出し、目の前に拡がった光景に驚いた。
洞窟の終点となるやや大きめの空間。その中心には赤い液体で塗られた魔法陣。
男女混ぜられ、分類分けされなからも乱雑に積み上げられた四肢や、胴体、そして頭部。
その山の少し離れた位置には、転がり落ちたのか、虚ろな目となったセミロングの女性の頭部が紋様を刻まれた壁を見つめていた。
「こんだけの量、よくもまあ掻き集めやがったな」
面倒な事態にならないようにと迅怜はこの場所をまとめて崩そうと考えたが、それが逆に不気味な収集を行った主を激昂させて、人々に余計な被害をもたらす可能性もある。
ここは下手に手を出さず妨害のみに留めておこうと、迅怜は足を入口へと向けた。
「オラ、てめえらの捕縛が依頼なんだから、じっとしとけよ」
「うう……いてて……」
「はぁ…………歩かせたほうが楽だったな」
少々調子に乗り、起き上がれない程の打撃を加えたことにちょっとだけ後悔しながら、迅怜は洞窟の外へと三人を運び出す。
そして、入口の端に雷撃を込めた裏拳を叩き込み、誰も入れないようにと崩落させて強制的に封鎖させた。
「アレがいなくなってからざわついた雰囲気はあるが……なんだ? この妙な感覚は。それだけに済まないような胸騒ぎは」
獣性の勘か、無意識の裏付けか。迅怜は拭いきれない底知れぬ予感を内に秘めながら、三人分の重量を抱えてアルフヘイムへと戻っていった。
「お、重てえ……」
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