第111話 久しぶりの二人 2
右手がゾクっと動き出した。
何百何千と数え切れない程に勝負しては勝敗を分かち合っていた二人。
最後に戦ったのは10年以上前。穢れの抑え込みや他の物事に囚われぶつかれずにいたフラストレーションが今、たった一言ではち切れんばかりに膨れ上がってきた。
「それ言うの久々だね。ブランクのある今なら勝てそうって感じかな?」
「バカ言え。外で動き回ってたお前より、ずっと籠もってた俺の方が鈍ってらぁ。勝ち星はそりゃお前が多いが追いつけねえほどじゃねえさ」
「負けず嫌いがあいかわらずです安心したよ」
「お前こそな。目が負けたくねえってうるせえぞ」
「「はははは」」
昔と変わらぬ性質を笑いあった刹那、瞬きすら許さない一瞬、アレクシスの正拳とエヴァンの刃が真正面からぶつかり合った。
草木を轟かせ静寂を裂き破る一度の衝突。しかし二人はびくともしない。
「ほんと、刃が通らない拳って反則だよね」
「お前がそのナイフ持ってるほうがよっぽど反則だろうが」
何千何百と勝負したからこそのフラットな悪態をぶつけ、一旦バックステップで距離を取るアレクシス。
だがそんな後退を、間を置かずにエヴァンが獣の如く接近戦へと持ち込んだ。
「チッ、態度と噛み合わねえなほんとよぉ!」
普段通りの雰囲気からの激情的な戦法に舌打ちしつつも、それでは容易には怯まない。
アレクシスは着地の瞬間に右足を強く踏み、右腕の手のひらを地面に向ける。
とても単純な「地面を強く踏む」という詠唱によって巨大な石柱を発生させ、それがアレクシスを大きく空中へと持ち上げた。
刃を正面に突き出したまま飛び込んだエヴァンはそのまま方向転換も利かずに突っ込むが、石柱にナイフを突き立ててそれを支点に力の流れを動かし、それが手を離れる、瞬間に柄を指でトンと叩きつつ身体を掠らせながら回避。
「おぉりゃあああ!!」
直後、上を取ったアレクシスが全体重をかけて飛び込み、全力のスレッジハンマーを振り下ろした。
「ぐうっ!」
エヴァンは咄嗟にもう一本のナイフを小さな盾に変形させて受け止めるが、その衝撃全てを打ち消すことは出来ない。
盾越しに響く重圧を地面に沈む足で受け止め、落ちた枯葉が吹き上がる。
しかし怯み続けている余裕は無いと、エヴァンは脚力を活かして大きく後方へと下がった。
「…………なるほどな」
攻めっ気満々な開幕からの回避戦法。
上から様子を確認していたアレクシスは、石柱に立てたナイフを脳内に引っ張り出す。
隙あらば攻め手を仕込む男であることは充分に理解している。余裕があれば状況回避のついでに何か攻撃手段を作り出すだろうと長い経験と認識から感じ取ったアレクシスは、自身が作り出した石柱から大きく離れた。
その予感は的中。間もなく、無数の赤いヒビを走らせて爆散した。
周囲に破片が飛び散り、拡散弾となって襲いかかる。それに紛れてエヴァンは、渾身の飛び蹴りを放った。
「相変わらずのいい蹴りだな!」
細身からは想像できない威力に、両腕を盾にしながらも僅かに土を抉りながら後方に押される。
だがそれで怯むほどアレクシスはヤワではない。その一発を受け止めてからノータイム、腕の形を解いてもう一度ストレートを放った。
壁をジャンプするように跳ね返ったエヴァンは、盾の形状を戻しつつ宙を舞い還ってきたナイフをキャッチ。
正面切って大砲の如く迫る拳に対抗し、空を貫く隼のようにアレクシスを狙い突いた。
「…………」
「…………」
二人の一手は寸出の所で止まった。
エヴァンのナイフはアレクシスの首元で、アレクシスの拳はエヴァンの顔の前で。
十秒程の静寂の後、二人は互いの手を解いて地面に尻餅をついた。
「こりゃ引き分けだな」
「まあ、今回は仕方ないよね。最後は僕の方が勝ってたけど」
「ああ? んじゃあ俺が一発叩き込んだからそれで俺の判定勝ちにするか?」
「それだったら、最後は僕のナイフが先に届いてたけど」
僅かに本気を加えた冗談混じりのやり取りの後、はあーあと息をついた二人。
何年経とうとも相変わらず。それが分かっただけでも、どこか安心感が生まれていた。
「ったく、病み上がりなんだから少しは譲りやがれっての」
「そりゃ僕も同じだし、なんならこんな姿なんだから憐れみでもいいんだけどね?」
「あーもう埒があかねえや。まあ、しばらくぶりにやりあえて満足だよ」
「こっちこそ。そういえば、アレクシスはこの後どうするの? 復興の手伝い?」
「まあな。その後はしばらく、また仕事しながら戦いに赴くとするさ。そういうお前は?」
「…………僕はちょっとの間、休もうかなと思ってる。ずっと外にいて走り回って、流石に疲れたからね」
「そうか、ゆっくり休んどけよ」
無理に誘うようなことはしない。その選択に反論するような理由もない。友が決めたことなのだからと、余計なことを何も言わずにそれを受け止めた。
「――――それに、個人的に気になることもあるからそっちを調べたいしね」
「最初に言ってたアレのことか?」
エヴァンは首を縦に降る。
「……お前、休む気さらさらねえな?」
「あはは、そうかもしれないね」
アレクシスは、お前はアホかという言葉を多分に込めた溜息をついた。
「どうしても気になることはあるからさ。何かあった時は、また頼むよ」
「へいへい、わかってるってえの。ま、ともかく安心したよ」
「僕の方もね」
僅かな時間だが、再びの勝負に心から満足した二人。
未だ気になる事象も存在するのは間違いない。だが今はそんなことは置いておいて、長年の積み重ねを体感、共有し合う濃密かつ満足いく時間を思う存分二人だけで味わった。
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