第112話 ちょっとした願望

 今現在、ボロボロという四文字がこれ以上ない程に似合うであろう桐生大我。

 辛うじて動く右腕と頭以外はガッチリと固定され、絶対安静を強制されている状態。当然自由などあるはずも無いが、そもそも今の身体には自由を享受できる程の能力も無い。

 骨は折れ砕け、筋肉は千切れ、内臓もボロボロ。アリアが過去に行った膨大な数の人体実験と蓄積された医療知識が無ければ、とうの昔に死んでいただろう。

 全ては現世界に生きるロボット達を狂わせる穢れの塊、バレン・スフィア内部で繰り広げたたった一人での死闘によるものである。


「エルフィ、何か飲み物無いか? 喉渇いた」


「水で大丈夫か? それともジュースか?」


「……今は水で頼む。冷えたやつで」


「あいよー」


 そして大我は、居候になっているフローレンス家の家屋の一室にて、新たに購入されたベッドの上で相棒のエルフィ、友となったエルフの少女のティアと、家の持ち主であるその両親、時に客人であるラントやアリシア達に世話看病をしてもらいながら、回復の時を待ち続けていた。


「ほらよ、思いっきり冷やしといたぜ」


 エルフィはふよふよと羽をはためかせ、木製のコップを両手で持ち上げて大我の右腕の側まで近づく。

 他の部位を下手に動かしたり刺激しないようにと細心の注意を払ったこじんまりとした動きでコップに手を伸ばし、ゆっくりこぼさないように口へと運んで喉を潤した。


「いつもいつもありがとなエルフィ」


「気にすんなって、今は俺らがいないと何も出来ないんだから」


「まあ、そうなんだよな」


 エルフィは不満を感じさせない笑顔で返事を返すが、内心大我は日に日に負い目を感じていた。

 そもそもがまともに動けなくて不便極まりない上に、世話を焼いてもらえるのは確かに嬉しいしお礼も言いたくなるが、それも日が経つにつれて申し訳無さが強くなってくる。

 全身が動けないならまだ諦めがついたが、右腕だけはそれなりに動かせる生殺し。

 三歩歩けるだけでもかなり違うんだろうなと、遠い未来に思いを馳せるように何度見たかわからない天井をまた眺めた。


「…………なあ」


「ん、どーした?」


「俺にも使えるようにならねーかな、魔法」


 ティアとアリシアに出会った時から今まで、当たり前に目にし続けてきた魔法。

 自分が生きていた時代では夢物語とされていた代物が、形はどうあれ間違いなく存在している。

 となれば、自分でもそれを扱ってみたいと思うのは自然の摂理でもある。何より魔法が使えるという単純な響きが、浪漫に強く訴えかける。


「まあ、無理だな」


「…………だよな。わかってたよ。わかってたけどバッサリ言いすぎだろ……」


 アルフヘイム周辺においては、主にエルフやドワーフ達のようなまさしくファンタジー的な存在は当然のように使えるが、人間と設定されている者達はそもそもの使用の可否の時点で才能は大きく分かれている。

 それを補うアイテムとして魔法具と呼ばれる物が存在しているが、それもこの世界の住人が機械であるからこそ使える代物。

 一から十まで肉の塊である大我には、既存の補助装備は使用できるはずもなかった。


「そりゃあ大我は正真正銘の人間なんだからよ、アリア様が作った機械の為のシステムをそのまま転用できるわけかないんだよな…………今は」


「今は?」


 たった二文字の言葉に、砂粒のような希望が見える。

 疑問をこめたオウム返しに、エルフィは空中で腕を組んで答えた。


「理論上はできなくは無いみたいでな、脳の電気信号をナノマシン……っつうかマナに同調させて、皆と同じように操れるようにするってのは、補助装置があればいけるはずはんだ」


「じゃあ、それを作れば……」


「けど、サンプルが無いんだよ。それを編み出した頃にはとっくに人類は絶滅、存在しない相手に作っても意味ないと、試作品すら完成せず設計図止まりなんだってよ」


「それなら俺を使って」


「バカ!! アリア様のテストってそんな生易しい物じゃねえの! たたでさえ簡単にポンポン死んでったってデータにあるのに、それをたった一人の人間にやらせるわけにはいかねえだろ」


「………………そうかーーーー……そうか…………」


 排水溝のように落胆の息がぼろぼろと漏れていく。

 ちょっとした望みもそもそもが断絶している八方塞がり。嫌でも諦めるしかないんだろうなという事実に、大河の頭はぐったりと枕に沈んだ。


「仕方ねえさ。まあ今は大人しく身体を休めな」


「休むっつっても、もう動けないでずっとこのままなんだよーー……何か暇つぶしになるもの無いか……?」


「うーん…………そうだ!!」


 悩んだ末に、エルフィは間違いなく大我が喜ぶであろう情報を思い出した。

 その快感にパンッと手を打ち鳴らし、優位に立ちつつ勿体振るような素振りと表情で大我にぐいっと近づいた。


「なあ大我、何か好きな作品とか無いか? マンガでも映画でもなんでも」


「え、あるにはあるけど…………お前まさか」


「察しがよくて助かるぜ! そらよっ!」


 小さな身体をパフォーマンスの如く大々的に動かし、右手のひらを天井へ向けて大きく開いた。

 すると、そこからまるでホログラムのような形で空間に映像が流れ始める。それはかつて、携帯端末で見たことのある映画だった。


「エルフィお前……そんなことできるのか……!?」


 「なんたって俺は、アリア様のデータベースと接続できる存在だからな! そこには過去人間達が作った古今東西無数の作品群が保管されてある。アリア様が今の地球全体を作り上げるのに参考にした膨大な資料がな。その中にある限りはお手の物よ!」


「それ早く言いやがれ!」


「だって聞かれなかったしさー」


「こんの野郎……」


 かつて利用していた超大手の作品見放題サービスがちっぽけに思えるであろう程の規模に及ぶ、アリアを介した視聴サービス。

 それに魅力を感じないはずが無い。早速大我は、かつて見たかった映画を頼もうと改めて口を開いた。


「……とりあえず、俺はアレが見たかったんだ。えっと……」


「おっとその前に、今回は特別にタダで見せるけど、怪我が治り始めたら相応の報酬をもらってから見せるからそこんとこよろしく」


「なっ、マジかよお前!」


「あったりまえだろ! 絶対に入り浸ってこればっかりになるの目に見えてるからな!」


「そんなことにはならねえよ! …………多分」


「そこに自信持てよ! それすら確信持てない奴にほいほい提供できるかっての!」


「だーもう! 動けないからって好き放題言いやがって!! 治ったら覚えてろよな!!」


 それから十数分後後、二人は隣り合って仲良く過去に放映された映画を楽しんだ。


「ここ、このシーン好きなんだよ。友達と観たとき、思わずうおって声出ちゃってさ」


「なんかわかる。実は内心すげえ場面だなって思ったんだよ」

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