第105話
不可視の檻を作るように、明確な意思をもって暴れるB.O.A.H.E.S.の周囲漂う空気が凍てつき始める。
同時に氷風が渦巻き吹き上がり、無限に産み出される体温が奪われていく。
例え何もかもが規格外であろうとも、それは生物であることに変わりはない。凍れば動きが遅くなっていくという当然の摂理。
B.O.A.H.E.S.の体表面は次第に動作を失い、霜や氷を纏って固まり始める。
「aaアぁ⬛⬛!! @@*&⬛⬛&*!! ⬛⬛⬛@=&&=⬛!!」
いくら体温が上昇してもそれを上回る速度で冷却され、その絶対零度が身体の内部へと侵食していく。
「……これはおまけよ」
さらなる念押しとして、クロエは既に詠唱を終えた状態で指をトンと差し、巨体の周囲を囲うように無数の氷の剣を作り出す。
正確に角度が被らないように一斉に射出。まるで杭を打つようにその刃を肉を抉り貫き埋まり、触れた部分から急速に凍りつかせる。
返される心配も、即座に復帰される可能性も大きく下がったならば、確実性を高める為の処置は施しておくべきだろう。
B.O.A.H.E.S.は全身から虐殺に怯える人間や動物のような顔を浮かび上がらせ、悲鳴を叫んではまだ動く身体の部分を悪あがきのこどく暴れさせる。
「お膳立ては整ったぞラント! 溜め込んだ力を全部叩き込め!!」
「はい!!」
今ならば内側から破壊されることもなく、確実に閉じ込めることができるはず。
ようやく訪れたおそらく最後にして最大のチャンス。切らすことなく続けてきた長時詠唱をようやく使うときが来たのだ。
だが、ただその性質のみで抵抗し続けた生物が黙って閉じ込められるはずもない。
B.O.A.H.E.S.は完全に固まりきらない中心部分から触手を伸ばし、高温のノイズのような音を発しながら反撃を放とうとした。
「これ以上、この世界の邪魔はさせない」
その足掻きをせき止めたのは、この生物を創り出したアリアの使いであるエルフィだった。
手をかざして貫くように睨むと、本能のままに勢い良く放たれたそれは次第に速度が落ち始めて、そしていつしか本体と同様に凍りついてしまった。
「――人類が消えた以上、全ての有機物を飲み込むお前は、ただの厄災に過ぎない。……傲慢で勝手なのはわかってるけど、俺にはこうすることしかできない」
人類を滅ぼす意思を持った、やがて神となった人工知能によって産み出され、制御できないとなれば何千年もの間閉じ込め続けた。
自分の主が命を弄ぶようなことをしていることはわかっている。だが、猛獣を檻に閉じ込めておかねばならぬように、その場に在るだけで悪夢を振りまいてしまう者は封じなければならない。
これは今の人々が平和に暮らすために必要なことなのだと、エルフィは割り切り魔力の開放に全力を注いだ。
そしてラントは全身に滾る力を右手に掲げて込め、地殻へとエネルギーを打ち込むような意気で拳を大地に叩きつけた。
己の全力を遥かに超える総量のマナがB.O.A.H.E.S.を封じるために沸き起こり、大地を揺らし円形に囲う。
「さらにもう一発!! こいつで最後だ!!!」
その壁を外側からさらに補強するように、両手を重ね合わせ、地面が陥没する程に右足を踏み抜き、広げた手のひらを叩きつける。
まるで一つの箱に閉じ込めるように四方に超巨大と言える壁を生み出し、隙間一つ無い状態を作り出した。
徐々に肉塊の動ける余裕は無くなっていく。壁を破壊しようとしても、凍らされて思うように動くこともできず必要量のパワーも起こせない。
まさしく八方塞がりに追い込まれたB.O.A.H.E.S.は凍て付く身体を振り絞り、僅かでも抜け出そうと試みる。
「⬛⬛⬛!!! ⬛⬛!!? ⬛⬛⬛⬛!!!! ⬛⬛⬛⬛…………」
だが、いくら不死の生物といえども、ピクリとも動くことすら許されない生命活動を完璧なまでに封印された状態となれば、どれだけの能力を保持していようともどうにもならない。
残された身体では、二人の力が相乗した強固な壁を打破するには到底至らない。
最後の最後までB.O.A.H.E.S.は生きる為の抵抗を続け、そして光一つすら届かない闇の中へと閉じられた。
「はぁ……はぁ……ついに……やったのか……」
異常なる生きた災害を止め、空気の流れる感覚すら感じ取れるような静寂がついに訪れた。
雑魚敵も全て蹴散らされ、地面には無数の生物の形を僅かに残した肉塊と、戦いに加わった者達の悲しき残骸が散らばる。
その被害の規模は甚大。失われた命は生物、機械問わずすぐに把握できる数ではない。
むしろ身体を撒き散らしたことによって、今後もさらなる害が広がることになるだろう。
だが今は、その元凶の進行をアルフヘイムを破壊し尽くされる前に食い止めることが出来ただけでも最高の戦果。
戦いに赴いた者達、そしてそれを見ていた人々は少しずつその終局を実感し始め、ようやく訪れた安堵に胸を撫で下ろした。
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