第104話

「塊炎空を裂き、爆焔を轟かせ!」


 その飛距離こそ、そのまま街を保護する防壁を飛び越えるには足りないと推測できる。

 問題はその後。エヴァン達ですら、このまま地上戦で足止めしながらの抵抗を基盤に考えていたところに、突如襲いかかってきた予想外の挙動。

 元々何をされるかもわからなかった上に、さらに予測不能の要素が重なり合ってしまった。

 エヴァンは焦りの中で咄嗟に詠唱を唱えつつ、二本のナイフを一つの火球に変化させ、それを無数の炎弾と共に撃ち放った。

 非常に大きな、適当に撃っても命中する程の巨大な的。その攻撃はB.O.A.H.E.S.の底面部分へと命中し爆発。肉塊の一部を抉り取るように吹き飛ばし、それは遥か遠方へと飛んでいってしまった。


「⬛⬛⬛!! ⬛⬛! ⬛」


 B.O.A.H.E.S.は全身からほんの小さな声で悲鳴を上げ、当初に予測された着地地点とは多少ズレた、南門よりも少しだけ遠い位置に沈み込んだ。

 接地の瞬間に爆音のような地響きが周囲一体を轟かせ、まさしく災害を体現したそれを引き起こす。

 その与えられたダメージこそ、つい数分前までエヴァンとクロエの波状攻撃を喰らい続けてきたB.O.A.H.E.S.にとっては微々たるもの。

 吹き飛ばされた箇所も既に肉同士が増殖、結合し、着地の衝撃によって全体の形状を歪ませながらも元の形を取り戻しつつあった。

 ちょっと思いっきり走り出せば、門を越えてアルフヘイム内部へと侵入を許してしまうであろう絶妙な距離。

 だがこの状況が、再度動き出すまでのその間が、皆に唯一無二の最大のチャンスを生み出した。

 再度腕や足を生やして走り出そうとするまでの猶予。その隙を狙い、突如リリィがB.O.A.H.E.S.目掛けて全力で走り出した。


「団長!!」


「何する気だ!?」


「私が奴の中に潜り込む!! こいつが苦しむその間に、お前達は用意していた魔法を最大限に叩き込め!!」


「無茶です! 今このまま突っ込んでも……ぐぅっ」


 まるで自分の命を使って好機を作り出さんとばかりに、何の迷いもないように真っ直ぐ突っ走っていく。

 いくら尊敬する団長とはいえ、あの中に取り込まれて生きていられるはずもない。その実力と人物に絶大な信頼を置いていても、そんな無謀をさせるわけにはいかないとエミルは走り出すが、まるで足に鎖を繋がれたように発生した痛みに膝をついた。


「大丈夫だ、直前までには中から抜け出してみせる。絶対にこの機を逃すな!!」


 その言葉の根拠は示されず、ただ信じろというニュアンスを強く含んだ力強い一言をエヴァン達を含めた皆に叫び、リリィは風を裂くような勢いで接近していく。


「⬛⬛AAAaag!!! ⬛⬛⬛!!!」


 今まではただ黙って、痛みを覚えながらも攻撃を受け続けていたB.O.A.H.E.S.は、まるで本能的に拒絶するかのように眼球を生み出して視線をリリィに合わせ、生やした腕や牙獣の頭による噛みつき、肉槍や触手を無数に放った。


「今更そんなものは喰らわん!!」


 勇ましい声を放ち、リリィは綿のように軽い体術と剣術によって襲い来る攻め手を避け、斬り払い、ペースを落とすことなく確実に接近していった。


「明らかに様子がおかしい……何か秘策を持っているのか?」


 まるで周囲の状況など一切眼中に無いように、ただ暴れ続けていたB.O.A.H.E.S.が明確に拒絶を示している姿に、その場にいた皆は一斉に疑問を抱く。

 だがその答えを得るのは今は後回し。リリィの捨て身を無駄にしないようにと、それぞれに準備を整えた。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 まるで魂から発されたような掛け声を叫び、リリィはピンク色に近い肉塊の中へと剣を構えながら頭から突っ込み、瞬時に足の先まで沈んでいった。

 その巨体にとっては、器の水に塩一粒が入ったようなもの。だがそれが、まさしく毒のように作用していく。


「…………B.O.A.H.E.S.体内への侵入を確認。機体状況正常」


 直前まで感情を表していたリリィの顔は一瞬にして無となり、声にもその一切が排除され機械的な物となっていく。

 蠢く肉に揺らされ流されながら、リリィは手に握る剣と瞳の奥から青い光を走らせ、心もなくシステム的につぶやいた。


「指定条件クリア。B.O.A.H.E.S.制御プログラム実行」


 リリィの出動前、アリアは可能な限り手数を増やす為、過去に使用していた制御装置を改良しそれをリリィの剣と内部機構へと組み込み、人型の抑止力として機能するように改造を施した。

 この世界の住人ではなく、アリアと繋がる人型の管理機構として稼働するリリィだからこそ可能な荒業であった。


「B.O.A.H.E.S.、機体内部へと浸潤。制御機能への影響は軽微。問題ありません」


 誰の耳にも届かない独り言のようなシステムメッセージを、全身を圧され体内に侵入されながらも淡々と口にする。

 内側に侵入してきた異物を破壊し排出しようと免疫機能を働かせるが、バレン・スフィアに包まれていた時のように、思うように身体がうまく動かない。それがあまりにも気持ち悪く全身が拒絶する。

 僅かな隙間から侵入して内側から壊そうとするが、身体の一部を破損させるだけに留まり心臓部を潰すまでには至らない。

 メキメキと腕や足が悲鳴を上げても、リリィは機能を全うする為に眉一つすら動かさず、ただ淡々と稼働し続けた。

 ようやく拘束から解き放たれたのに、再び同じような拘束に襲われたB.O.A.H.E.S.は全身から苦しみの顔を浮き上がらせて、人のような鳥のようや虫のような悲鳴を上げた。


「……!! クロエ! 今のうちに叩き込んで!!」


 抗戦してから一度も見せたことのない明確な苦痛の動作。

 この千載一遇の好機を逃しては全てが終わると、エヴァンは二人に向けて叫んだ。


「わかったわ。……ルシール、大丈夫?」


「…………はい、準備できてます」


 そっと服越しに腕を触れ合わせ、側にいるという意思表示を示しつつ王手への道筋の第一歩を踏み出す。

 手にした本のページをめくり、文字をなぞって記された詠唱文を呟くクロエと、両手を重ね合わせて祈りの言葉を願い発するルシール。

 だがB.O.A.H.E.S.も、苦痛から来る抵抗を示すようにばたばたとその場で暴れ出し、ぐねぐねとぐちゃぐちゃに混ざりあった生物の一部を表出させながら肉塊の一部を切り離し、新たなキメラの尖兵を生み出した。

 

「ぁ……げ……wd……ぅげ$@6」


 人の声のように聞こえそうな鳴き声混じり呻き声を上げながら、四足、二足、多足、統一性の無い形を作り、ルシール達の方へと生理的嫌悪を誘発させる走りで突撃を開始した。


「またこういうのかよ!! いい加減うざってえなぁ!!」


「二人共! ここは私達に任せて、全力を叩き込んで!」


 その波を、これまで数え切れない程の肉を断ち切って来たエミルとバーンズ、そして迅怜が壁となって立ちはだかる。

 体力が続く限りの全力の露払い。クロエとルシールはその勇姿に心からの敬意を払い、そして詠唱を完了させた。


「ルシール、せーので発動するわ」


「……はい!」


 二人は一度深呼吸して調子を整える。

 そして、クロエの二回目の呼吸。


「せーの」


「其の鼓動は生の芽吹く界を堕ち、時すら凍る境界へ下る」


「氷精の吐息に触れ、零下へ凍てよ!!」

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