第95話

 ボロボロな大我の口から漏れた一言に二人が反応する。

 こんなに消耗しているのにまだ戦おうとするのかと眉をひそめ、ティアはしっかりと大我の眼を見て話しかける。

「あれだけ無理しないでって言ったのに、こんなにボロボロなのにまだ戦おうとするんですか」

「そうじゃない、流石にわかってるよ。けどさ……なんか、俺にはその状況は見えないけど、ちょっとだけ聞こえてくる音からそれなりにはわかるんだ。すごい激しい戦いが起きてるんだなってことは。その中にいられないのがちょっと歯痒くてさ、みんなが頑張って戦ってるのに、こんなにボーッとしてていいのかなって」

 ただの一般人であるはずの人間からは到底漏れるはずのない言葉が大我の口から流れてくる。

 自らが体験したたったひとりの激戦の経験がその心に楔を打っているのか、それとも自分がどうにかしなければならないという使命感に駆られすぎているのか。

 ティアやエルフィ、ラントやアリシアがとても優しい言葉をかけてくれたことも分かっているし、その優しさは芯まで響いている。

 だがそれでも、自分でも言いようのない焦りのような感情がじわじわと沸き立ってくるのか、大我は少しだけ悟ったような声色でその今の心情を口にした。

 一度だけ感情が溢れてカッとしてしまったティアは、それに対して強く反論しようとせず、固定された左手に優しく手を触れて、語りかけるように話す。

「そんなこと、今は考える必要はありませんよ。だって、一番頑張ったのは大我なんだから」

「そうだよ大我。お前はもうこれ以上無いくらい頑張ったんだ。こんな時まで無理する必要はない。だからさ、今はどうかちゃんと休んでくれ。あいつらならきっとなんとかしてくれるさ」

「エルフィ……ティア……」

 ちょっとだけ、もしかしたらこの男は一から十まで気をつけていないと危ない人なのではという危惧を抱きながら、本心からの心配と温情を寄り添わせる。

 その温かい気持ちが大我の心を優しく解したのか、ふふっと安堵の息を小さく漏らし、二人に感謝の笑顔を見せる。

「ありがとう。……少しの間、皆に甘えさせてもらってもいいか」

「少しの間と言わず、怪我が治るまででもいいんですよ! どうせ動こうとしても動けないんですし」

「むしろ俺にはもっと甘えていいぞ! ただし、その分どんどん貸しが積み上がっていくがな!」

「あっ! この野郎俺の借金増えてくばっかりじゃねえか!」

 まるでこれまでと変わらない日常のやり取りを繰り広げる三人。

 アルフヘイムが間もなく戦いの渦に巻き込まれるかもしれないということも忘れさせるように、今この時を余計な不安を抱え込まないようにするかの如く、しばしの間他愛無い会話で盛り上がり、心を温めた。


* * *


「オラオラァ! まだ足んねえぞ! ポップコーンみたいに湧いてこいやぁ!」

「なんでそんな可愛い例えなんですか」

 まさしく荒くれ者というような振る舞いで、自らの拳と大剣によって次々と湧き出てくるキメラや肉塊を豪快に薙ぎ払い吹き飛ばしていくバーンズ。

 その側で、相棒であるイルは冷静に突っ込む余裕も見せながら、魔法具のネックレスとレイピアを織り交ぜた我流の魔剣戦法によって、一体一体正確に弾き貫いては凍結、足元や空間に氷を貼って動作を制限させ、蜂のような俊敏さで次々と蹴散らしていった。

 それに続いて、気性の荒い様子を見せる部下達も仲間同士で協力してはキメラの数を次々と減らしていく。

「数はまだまだ多いぞ! 自分の見積もりの十倍くらいを想定するんだ!」

 それらを率いて、まさしく片手間のように斬り払っては直接指示を飛ばす、ネフライト騎士団団長のリリィ。

 自らの性能や効率を理解し、エヴァンやエミル達の露払いへと専念する一方、敵対し襲ってくるモンスターに一指すら触れられないままに、その絶対的なる剣技を披露し続ける。

 出動前に施された改良によって、その剣には対B.O.A.H.E.S.への攻撃性能、身体には浸潤されても耐えうる程の防御性能が加えられている。

「視界の外からも次々と……きりがないな。一体どれだけのモンスターを生み出しているんだ」

 キリなく湧き出してくる敵を振り払い、B.O.A.H.E.S.への効果的な一撃を叩き込む為のチャンスを常に演算し伺い続けるリリィ。

 それまでに、どれだけの戦闘時間を要するのか予測できない。団員の消費を念頭に置きながら、乱戦にて非常に頼りになるバーンズ達と共にその剣技を輝かせ続けた。

「何かいい策は浮かんだ!?」

「いや、まだですね!」

 その一方、エミルとエヴァンが一時的に率いることになった多種族の部隊は、全身から次々と弾丸のように放たれる肉塊と、それによって生まれた異形のキメラに対処しつつ、ひたすらに牽制として遠距離から魔法を放ち続けながらそれを時間稼ぎとし、B.O.A.H.E.S.の進行を止めるための策を練り続けていた。

 だが、その性質のあまりにもな厄介さが、無数に浮かんでくる戦術を尽く潰していく。

 一体を破壊し尽くす程の大火力で吹き飛ばすにしても、驚異的な再生能力によって無意味となる上に、下手すれば肉片が広範囲に飛び散り甚大なる二次被害を巻き起こす可能性は非常に高い。

 今はまだ大きな動作を止めているが、いつ突然暴れ出すかもわからない。エミルとエヴァンは、ラントとやや後方のアリシアと共に、南門の向こう側、アルフヘイム内部へと肉塊を撃ち込まれないように警戒しつつ隙間無く高威力の魔法を撃ち続けた。

「…………そうだ、エヴァンさん!」

「ん、どうしたラント君」

「――――!! みんな気をつけろ! ボアヘスの様子が何かおかしい! 何かが来る!」

 二人の後ろでずっと思考を捏ね繰り回して同様に対抗策を考えていたラントに一つの策が浮かび上がった。

 助け船を出してくれるのかとその声に答えたその時、エミルがB.O.A.H.E.S.の異変を感じ取り、警戒を促す為に全員に向けて大声で叫ぶ。

 皆が自分達の役目を通しながら視線を傾けると、B.O.A.H.E.S.は全身をぐねぐねと暴れるように動かし、無数の腕と、サソリの尻尾のように先端の鋭利な触手を生やし始めていた。

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