第93話

「まさか、あいつが……! 戻ってきたのは本当だったのか!」


「団長の戦いを見られるとは……」


 沈みかけていた空気に希望のどよめきが混ざり、中和されるように活気が戻り始める。

 エヴァンはラントアリシア二人がいる方へ、リリィは最前線にて戦い続けていたエミル達の元へと走った。


「遅いよお兄ちゃん!」


「あはは、すまない。ちょっと色々ね。しかし、まさかここまでの異形だとは正直思わなかったよ。あんなのがバレン・スフィアの先にいたのか」


 やはり不安の凝りが残っていたのか、やや怒り調子ながらようやく精神の安寧が訪れたアリシアを軽くいなしながらなだめる。

 その一方、ラントはこの絶望的な状況に糸口を作り出してくれるかもしれない猛者が現れてくれたことに天への感謝を懐きながら、ゆっくりと近づいていく。


「ラント君もアリシアも、ここにいる皆もよく頑張ってくれた。僕もこの戦いに今から加わるよ。これ以上、あのボアヘスの好きにさせるわけにはいかない。ついてきてくれるかな、みんなも……ラント君も」


「もちろんですよ! 俺、エヴァンさんと一緒に戦えるなんて……」


「ふふ、そういうのは後にしておこう。たぶん、そんな余裕ももうすぐ無くなる。アリシアは大丈夫かな?」


 エヴァンは妹であるアリシアにもそれなりの実力があることは知っている。しかし、今この状況で精神の均衡がわずかに揺らいていることを見抜いていた。

 戦力は欲しいが、身内なこともあって無理強いはしたくないしどうか過度に傷つかないでほしいと、その意思を改めて確認した。


「……大丈夫。あたしはまだまだ戦える」 


 ほんの僅かに含まれた沈黙。今この瞬間は兄と一緒に戦いたいという本音と、抑え込める程度ではあるが時折顔を覗かせる不安。

 その全てを混ぜ込み飲み込み、九割の自信を持って意思を表明した。


「わかった、ありがとうアリシア。けど」


 深いリアクションを込めず、力になってくれることに純粋にお礼を口にしたエヴァン。

 その最後に接続詞を付け加えた直後、掌を空へ向けて火球を作り出し、アリシアの後方へと勢い良く投げ放った。

 その方向には、B.O.A.H.E.S.がばら撒いた肉塊によって無数の死体の身体が繋がったゾンビの如きキメラが、ふらふらと立ち上がっていた。


「今はできれば後方で支援してほしい」


 まるで雑魚の相手など思考に留める必要すらないというような所作で火球を命中させ、新たに作り上げられた巨大な異形の身体に大きな風穴が開いた。

 撫でるように蹴散らされるキメラの姿。その光景は、一人ひとりの内に希望の光を灯すには充分だった。


「すまなかったな皆。報告こそ聞いていたが、少々準備をする必要があった」


 その一方、出動直前に調整を加えられたリリィは、常に剣を納めた鞘に右手を当てたままネフライト騎士団の者達の元へと到着した。

 周囲を炭化させながら巨大な風穴を開けられ、硬直したままのB.O.A.H.E.S.を遠くに見据えたまま、先陣を切りつつ部下達を先導し、大きな被害を出さずに戦いきったエミルに称賛の笑みを向けながら肩を優しく叩く。


「よくやってくれたなエミル。やはり君を副団長に据えてよかった」


「――――! ありがとう……ございます……!」


 絶対の自信を持つ剣技にて自分を打ち負かした、太陽のようにとても輝いて見えた憧れの人からもたらされたありがたい言葉に、エミルは胸を打ちとても静かに感情を混ぜ込みながら小さく礼を呟き頭を下げた。


「さて、ここから先は私達は可能な限りキメラ殲滅に注力する。あの異形の怪物、B.O.A.H.E.S.の図体は、大きな一撃を叩き込めるような者でもなければ向いていないからな」


「あれ、団長はあの気持ち悪い奴の名前知ってるのか?」


 全身に血を浴び、右手にキメラから生えた鹿の首を握るバーンズが素朴な疑問をぶつける。

 その断面からは、ぽたぽたと血が垂れている。


「ああ。私の部屋にある資料に記されていた。あれは災害を相手にしていると思ったほうがいい。個を相手に戦闘技術では到底太刀打ちできないだろう」


「まあ……だろうな。そんな複数相手にするような戦い方ができるうちの奴らとなったら……副団長やシャーロット、あとはミカエルくらいか」


「ミカエルは私が住人の避難護衛に向かわせた。シャーロットは?」


「私が抗戦前に、避難誘導に向かわせました」


「む、そちらに人員が割かれてしまったか……まあいい、住人の安全は第一だ。エミル、彼らと協力してB.O.A.H.E.S.の撃退に向かえ」


 前線の戦力と団内の実力を加味し、それぞれに現場判断による采配を振るうリリィ。

 そして、エミルへその役割を言い渡すと同時に目線をエヴァン達へと向けた。

 遠くからの視線を感じ取ったエヴァンは、この先始まるであろう共闘を察し、離れた位置からでも意思表示が明確に伝えられるようにと右手を上げつつ頷いた。


「了解。必ず期待に応えます」


「気をつけろ、B.O.A.H.E.S.は不死と言ってもいい再生能力を持つ。彼らの魔法は必要不可欠だ。邪魔は私達が全て退ける」


「…………はい!」


 失敗の許されない任務の重要なファクターを直々に任せられたエミル。それを胸の内でガッシリと受け止め、抜き身のままの剣を仕舞い走り出した。


「んで、俺らはこれまで通り暴れりゃいいんだな?」


「ああ。バーンズ隊長もよく暴れてくれた」


「はっ、好きにやらせてもらって、それで良いんなら本望よ。お前らもそうだろ!!」


「うおおおおおおおおおおおお!!!」


 まるでこの血湧き肉躍る戦いを待ちわびていたかの様に、未だ下がらぬ戦意を叫ぶ第二部隊。

 団員達の勇敢な姿に、リリィは心救われたような笑顔を作った。


「さて、そろそろ雑談は終わりとしよう。B.O.A.H.E.S.の眷属達よ、我が剣の錆となるがいい!」


 それまで緩ませていた表情に一気に緊張を走らせ、腰に携えた白銀に輝く剣を、風圧の幻覚を誘発させるような覇気を感じさせる静かな動作で引き抜いた。

 一度その剣気が放つ領域に足を踏み入れれば、斬死の未来が作り出される。

 送り出したエミルの、そしてエヴァン達の攻撃を一切邪魔させないようにするための助力。リリィ達は一斉にキメラ達への攻勢を再開した。

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