第92話

「イメージしてたよりもグロすぎんだろアレ! あんなのどうにかできんのかよ!」


「それよりもまずは目の前だろ! 気反らしたら危ねえぞ!」


 キメラ達との交戦を続けていたラントとアリシアも同様に、B.O.A.H.E.S.の異様な姿に驚愕する。

 事前にその内容や存在について耳に入っていたラントは、一応の覚悟を決めていたこともあって動揺や精神的ダメージは微小に済んだが、それでもその圧倒的な姿にたじろいだ。

 アリシアは未だ遠くにいる理解の追いつかない巨大な化物よりも、眼前の敵を蹴散らすことに集中する方が先決だと、見た目あまり調子を崩す様子もなく戦闘を続ける。

 しかしその内心には、あんな全てを飲み込んでしまいそうな怪物相手にどうすればいいんだという心の綻びが胸中の片隅に生まれていた。

 急所がバラバラで法則性も無いに等しい眼の前のキメラへの対処は、とにかく魔法や矢を放ち、死んだと確信できるまで攻撃を叩き込むこと。

 アリシア自身が自覚できない程度にその弓の筋がぶれ始めているが、当たればいいということもあって多少の誤差が関係ない。しかしそれが、自分の状態への認識を遅らせてしまっていた。


「こうなりゃまとめて……」


 戦える者が一時的に減った結果、戦況が硬直し、次々と無限に湧き出てくる敵に押し込まれ始める土壌が着実に出来上がっていく。

 B.O.A.H.E.S.やキメラ達そのものには戦略や戦術のような思考は考えていないのだろうが、数と未知の暴力によって、わずかにでも隙が出来てしまえば堤防の亀裂のようにアルフヘイムへとなだれ込んでくるだろう。

 そんな状況を発生させてしまうわけにはいかないと、ラントは両手を正面に重ねて目を閉じる。


「炎風包め猛る大地よ、慈母によりて燼熱じんねつ包み、形成す業火となれ!」


 空気、自然、現世界に溢れるナノマシンもといマナを消費し発動する魔法。その消費量を増やす程に発動までの時間が長くなる。

 その強力な魔法を発動するまでの時間短縮、ショートカットとして存在する詠唱。

 ラントは自らが定めた言葉を紡ぎ、合わせた両手を離し、右手を開いて勢いよく地面へと押し付けた。

 直後、無数のキメラ密集する地点の中心から地面が盛り上がり、足元から掬うように怪物を包み込む。その現象に、わけもわからず他生物の足や異形の身体をバタつかせながら、風呂敷に包まれたように一つの土の球体に閉じ込めた。

 球体は急激に熱を帯び、内部にて生物を一瞬にして灰に帰す業火が巡り渦巻き、無数のキメラが灰色になるまで焼き尽くした。


「そして爆ぜろ!」


 地面から右手を広げたまま離し、トリガーとなる一言と共に握り潰す。

 紅く輝く球体は直後に爆裂。それまで生物だった灰を周囲に散らし、跡形もなく消滅した。


「来いよボアヘスの子分ども! お前らみたいな雑魚にやられる俺じゃねえんだよ! 俺達の街に指一本でも入れさせるか!」


 通じているかもわからない全力の啖呵を切り、ラントは街を守るために、皆を守るために、何より憧れに一歩近づく為にひたすら鍛えに鍛えたその力を大いに振るった。


「視界を広く持て! 一体も街へは入れるな! 一人で複数相手に出来るものは散開せよ!」


「副団長! ガンガン暴れてもいいんだな!?」


「ああ、存分にやってくれバーンズ!」


 空気を麻痺させる雄叫びによった人員が減った今、力を持つものが持てる能力を温存していてる場合ではない。

 幸いにも一体一体はそれなりに強くはあるが、精鋭達の実力にとっては全力を出さずとも倒せる範疇。

 であれば、今この現状はフルパワーを出さずとも、強者が力を振るい蹴散らす時だと判断し、部下にその判断を仰いだ。


「エミル副団長からの許可が出たぞお前ら! 水で跳ねる油みてえに暴れるとするか!」


「だからその例えわかんないって隊長」


「お前戦うんだぞイル」


「わかってますよ」


 やや気性の荒いネフライト騎士団第二部隊率いる、ワイルドな容姿のバーンズと、その側で少々冷めた雰囲気で見守る副隊長のイル。

 エミルからの待望の指示を受けたバーンズは、とても楽しそうな表情で部下を煽り、それぞれに暴れて徹底的にキメラ達を制圧し始めた。


「あたしも、負けてらんないよね」


「あいつらにだけ狩らせてたまるかっての!」


「こいつらを倒せば報酬が待ってるんだ! 俺達も続くぞ!」


 その指示の効果が波紋のように広がり影響したか、B.O.A.H.E.S.に大きく怯むことなく戦い続けた者達はさらにその野心、熱意、戦意を盛り上がらせ、それぞれに持つ武器を、魔法を使い、さらに派手に前進していった。


「す……すげえ……隊長達って、あそこまで強かったのか」


「なんであんなもん見ても耐えられるんだよ……」


「あいつら、怖い物なしなのか」


「何やってんだよ俺は……」


 心にヒビを作られ一旦下がっていった者達も、その戦う背中を眺めながら、深呼吸をしては燻る意欲や、慄く心を沈め、平常心に近づけていく。

 あんなにも仲間や同じ街に住む者が戦っている中で、自分達が戦えない、足が手が動かないという歯痒さに、自らの不甲斐なさを悔しく思いながら、下がった人々は勝利を願った。


「なんだ……!? 見ろ! 怪物が何か始めるぞ!」


 いくつかの犠牲を出しながらキメラ達を蹴散らし続けていたその時、山頂にて鎮座し続けていたB.O.A.H.E.S.に変化が訪れ始める。

 それに気付いた団員の一人か声を上げ、それを聞いた者は一斉に視線を向ける。

 法則の無い変化を続けていた肉塊の正面に、無数の様々な生物の眼が生まれ始めた。一つ一つが瞬きしては、ぎょろぎょろと上下左右に監視するように不気味に動く。

 直後、その動作が硬直したようにピタっと止まり、全ての目線が一箇所に集まる。その先には、地面に転がる形の残ったキメラ達の死体。


「⬛ああアアああ⬛⬛あアアアアaaa⬛⬛⬛aaaaああ⬛⬛⬛」


 二度目の不気味な鳴き声を叫ぶ。そして、全身をぶるぶると震わせ、肉塊の一部を水飛沫のように放った。


「ついに来やがったか!」


「ラント! 壁作って!」


「わかってるよ!」


 攻撃の意思を見せているのか、無数の軟体のような肉をぶち撒けるB.O.A.H.E.S.。

 何が起きるか得体のしれないその攻撃を一切喰らうわけにはいかないと本能的に察した者達は、武器や魔法で振り払い防御し、姿勢を低くして耐えた。

 一発一発が鉄球のように重く、一回防御する度に地面が削れる程の威力。完全にガードすることができずに腕や身体を痛めるものや、当たりどころが悪く貫かれるもの。まさしく強力な拡散弾とも言える肉塊は、たった一撃で敵対する戦力を大きく削っていった。


「……終わったか。なんて無茶苦茶な」


「お、おい見ろ! し、死体が……!」


「キメラの様子が変だぞ!?」


 降り注ぐ肉の雨が止み、攻撃が止んだと思われたその時、死体と未だ動き続けるキメラ達に浴びせられた肉塊が蠢き、まるでゲルが元の形を取り戻すかの如く無数の肉片を集めていく。

 まるで生きた接着剤のようにその断面や肉片の中継点となり、死体が新たなキメラとなって新生した。

 その一方、肉塊が付着したキメラは、拒絶しているのか同化しているのか、全身をガクガクと震わせ叫び声を上げながら、その身体にさらなる変異を強制的に加えられた。

 角を生やし、翼を生やし、目を増やし、実戦的な変化から意味のない変化まで無理矢理作り変えられ、凶暴性を剥き出しにしてさらに激しく暴れ始めた。


「殺してもまた復活するとは……まずいな」


 殺しても殺しても、肉塊の行動一つで再び形を変えて復活する上に、そのタイミングは一切測れないという状態。

 何が起こるかわからない分、無数の可能性に神経を研ぎ澄ませながら戦わければならない分の悪すぎる消耗戦。

 エミルを始めとした精鋭や、ラントやアリシア達、そして、身体を休めていた者達もこの状況に、絶望感を薄々と感じ始めた。


「化物が動いた! こっちに来るぞ!!」


 事態はさらに悪化の一途を辿る。

 無数に生み出した眼が沈み消え、再びの落ち着きを取り戻したと思われた次の瞬間、全身に幾多の生物の手足をぐちゃぐちゃに生やす。

 地表にヒビが入る程の力で一歩、また一歩と前進し、のろのろとした初速からエンジンがかかったように一気に加速し始めた。


「⬛⬛ああaaaアア⬛⬛⬛あァア⬛⬛aaa⬛!!!」


 三度目の雄叫びを身体中から鳴らし、どたどたと木々を薙ぎ倒し吸収しながら、獰猛な猪の如くアルフヘイムへ向けて一直線に突進するB.O.A.H.E.S.。

 ついにこの瞬間が来てしまったかと、エミルは剣を握る手をぎりっと強め、その姿を見たラントは静かな焦りと共に唾を飲み、アリシアは矢を放つ準備を整えつつも僅かに弱気な表情を見せた。


「副団長! 指示を!」


「…………」


 この事態の発生そのものは想定していた。しかしその対応策を整えるまでの時間も余裕も無く、その時は訪れてしまった。

 エミルは焦りの中で下手な判断を仰ぐよりも、今出来る対処をするしかないと、自身が握る剣を地面に突き刺し、真っ直ぐとその先を見据えた。


「私が止める! 私の剣ならば足止めくらいは出来るだろう。その間にあの怪物への有効な攻撃を見つけ出せ!」


 エミルは目を瞑り、ゆっくりと精神を統一する。


「我が剣、フランヴェルジュよ、その身に宿す業炎を――――」


 自らの命を賭けてでも足止めをする意思を固め、到達までの時間は残されていると確信したエミルは、魔法具である愛剣の全力を開放する為の詠唱を唱え始める。

 その時、エミル達の遥か後方、アルフヘイムの南門の入口付近にて、一人の男が二本のナイフを携え、同じく詠唱を始めた。


「加護授かりし我が刃、魂が求むるは焼滅の豪火」


 ふわりと熱く輝くナイフは宙に浮き、弧を描いて空中に紅く燃える線を描き始める。

 その者の言葉に連動し、線は次第に魔法陣の形を成していく。 


「界魂よ応えよ蒼精のまなこに、破踏はとうせし惨影に永劫なる風滅を」


 一つの巨大な円陣を作り出したナイフはその中心へと移り、形を崩して一本の剣へと変化し、輝きを増していく。


「焼滅せよ、フレイムクーゲル!」


 剣は周囲に熱風と共に爆音を放ち、一直線にB.O.A.H.E.S.の元へと音速にも近い速度で、熱線のように放たれた。

 その一撃は、地を鳴らしながら走る肉塊を正面から貫き、先端から末端まで焼き焦がしながら大きな風穴を開けた。


「な、なんだ!?」


「今の魔法は……まさか!」


 前線に立つもの全員がどよめき、一斉にその魔法が放たれた方向へと向く。

 その中で、ラントとアリシアはこれだけの強力な炎魔法を放てる者に確実な心当たりがあった。


「遅れてすまなかった。ここからは僕に任せてくれ」


 満を持して現れた、アリシアの兄にして最強のエルフ。規格外という言葉を形にしたような実力者。


「ここからは僕がやるべき役目だ」


 エヴァン=ハワードだった。


「私もそれに同行させてもらう。皆に任せっきりなのは示しがつかんからな」


「り……リリィ団長……!」


 その隣には、ネフライト騎士団のトップにして、エミルが唯一剣技での勝利を奪えなかった者、リリィ=フィデリッテの姿もあった。

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