第37話

 うまく人目につかないように撒いていたのか、大通りを歩く人々には騒いだり驚いたりしている様子は見られない、至っていつも通りの光景だった。

 大我もティアも、共に建物の屋根の上、または建物同士の隙間、通り過ぎる人々の視線や騒ぎが起きていないかなど、その目と耳で確認できる要素はとにかく注視しながら、街中を走り回った。


「すみません、この辺りで右目や右腕が赤黒いエルフか、リボンを全身ぐるぐる巻きにしたエルフを見ませんでしたか?」


「えっ、ああいや、見てないけど」


「そうですか……ありがとうございます」


「あっ、こんにちはトリーさん」


「おおティアちゃんか。そんなに慌ててどうしたんだい?」


「この近くでエヴァンさんかアリシア見ませんでしたか?」


「おお、エヴァンくん帰ってきていたのか。いやあ、全く見ていないな」


「わかりました、ありがとうございます!」


 街行く人々にも度々聞き込みを入れ、少しでも早く見つけ出そうと奮闘する三人。

 しかし、いったいどこにいってしまったのか、未だ有力な手がかりにぶつかる気配はなかった。


「クッソー、見つからないな」


「出始めの時にすぐにでも聞き込みしてりゃよかったかもな」


「確かにそうだな。ちくしょー、最初のとこでトチった」


 奔走しているうちに、慌ただしかった心も落ち着きを取り戻し、現状の把握や事柄の整理と、頭を捻る余裕が戻り始めた大我とエルフィ。

 なぜあの時、出てすぐのところで聞き込みをしなかったんだという後悔が今更ながら襲ってくるが、過ぎたことを悩んでも仕方ないと、大我は少しペースを落として周囲を注視しながら早歩きを始めた。


「なあエルフィ、アリシアのあの様子はどう思う?」


「ん? どういうことだ?」


 ふと大我は足を止め、エルフィに質問をぶつける。

 それは玄関で遭遇した時から覚えていた違和感。いくら大好きが兄が帰ってきたとはいえ、兄に対しては性格が180度変わるような人物とはいえ、あそこまでの行動をするとは大我には到底思えなかった。


「だって、いくら兄ちゃん大好きっ娘だからって、あそこまで豹変するとは思えないんだよ。第一、エヴァンさん以外の前だと、普通にいつもの強気な感じだろ? なのに、あんなとんでもない恰好な上俺に対してすらそんな口調だった」


「言われてみれば確かに」


「何か思い当たる原因とかってないか?」


「うーん……不具合ってのも考えられるけど、頭を打ったとかそういうのだったら、真っ先にエヴァンが心配して介抱しそうだしなあ。やっぱ、穢れにやられたか……」


「おっ、お前ら何してんだ」


 思考を巡らせ悩む二人の後ろから、通りすがりのラントが声をかけてきた。

 反応して二人が振り向くと、そこには上半身は半袖の薄着一枚のみで、非常に身軽な格好をしていた。


「ラントか。ちょっとアリシアが大変なことになってて。そっちは何してるんだ?」


「これから修行だよ。エヴァンさんに出会えて、俄然やる気が増してんだ。鉄は熱いうちに打たないとな。んで、アリシアに何があったんだ」


「それが……」


 少々バツの悪そうな顔で話す大我に、ラントは何か中々に面倒なことでも起こったのだろうかと考察する。

 その理由を話そうとした次の瞬間、二人の間を全身リボン巻のアリシアが、走る勢いで風を巻き上げながら走り去っていった。

 その通り過ぎる瞬間、左右の二人を視界に捉えたアリシアは、ブレーキを効かせて立ち止まり、二人の方を向く。

 今の一瞬に空気が凍りついたエルフィ含めた三人は、ゆっくりとその顔を向けて、互いに見つめ合う形になった。


「あっ、大我にランと! 二人共、お兄チゃんを見まセんでした? ソうですか。あリがとうごザいます!」


 まだ何も言っていないのに、会話が進んだような前提で一人で喋り続けるアリシア。

 やや幼児退行したようにも見える屈託のない笑顔と共に深々と頭を下げ、再び兄を求めて走り出した。

 一度その姿をはっきりと見ている大我とエルフィも、その姿を初めて目撃したラントも、頭が全く働かない程に固まった。

 直後、大我がはっと正気に戻った。


「はっ! こうしちゃいられねえ! 追いかけないと!」


「お、おう!」


 その一言で目が醒めたエルフィと共に、二人は走り去ったアリシアの背中を追いかける。


「ちょっとまてお前ら! 何がどうなってるんだよ!?」


 あまりにも突拍子の無い不可思議な光景を目の当たりにしたラントは、整理がつく前にとにかく足を動かし、二人の横をついていく。


「見ての通りだよ! アリシアがとんでもない格好してエヴァンさんを探してて、それを俺達やティアが探し回ってる!」


「当のエヴァンさんは!?」


「すごいびっくりしてどっかいった! そっちも探してる!!」


 あの妹思いのエヴァンさんが逃げ出す程なのかと一瞬考えたが、いくらある程度慣れてると言っても、あのようなとんでもない格好で迫られれば、驚き逃げ出してしまうのも無理はない。

 ラントはまだ詳しい事情を知らないながらも、エヴァンに同情の念を抱いた。

 持ち前の身体能力を無駄に活かし、アリシアと大我達はまだ人気の無い通りを走っていく。

 と、その時、アリシアはまたもや立ち止まり、三人の方を向く。

 意図のわからない行動の連続に翻弄される大我達は、慌てて一斉に足を止めた。


「な、なんだってんだ一体。走ったり止まったり」


「待て、なんか様子がおかしい」


 その不穏な気配を肌で感じとったのはエルフィだった。

 振り向いたアリシアは、三人に向けて邪悪さの欠片も感じない満面の笑みを見せている。

 それとは裏腹に、その両手には炎が纏い始める。手の中で揺らめくそれは少しずつ大きさを増し、徐々に矢のような形を作り始めた。


「そういエば大我さん、私に嘘つきマしたよね? お兄ちゃんハ知らナいって言ってタのに」


 アリシアが言う嘘とは、最初にフローレンス家の自宅を訪れた時の対応についてのことだった。

 根に持っていたのか、それとも兄と自分を引き離そうとするような行為が許せなかったのか、その不満を赤い炎に込め、目測での照準を定めた。


「おい嘘だろ、こんなとこでか」


「大我、準備を整えろ!」


 右手にうっすらと、何かに包み込まれるような感覚を覚えた大我。それを直感的に理解し、迎え撃つ体勢と整えた。

 その状況を肌で感じ取り、ラントも臨戦態勢に入った。

 それに臆する様子も無く、アリシアは大我目掛けて矢のような形に象られた炎を撃ち放った。

 通常時よりも明らかな粗さがありながらも、その炎はややぶれながら高速で向かっていく。


「おぉりゃあああああ!!」


 予備動作や放たれるまでの猶予もあり、しっかりと集中することができた大我は、真っ向からその炎に対して、右の拳を叩き込んだ。

 その互いが衝突した余波により、周囲に衝撃と爆煙が舞い上がる。大我はエルフィが予め施したマナの防壁により、ほぼ無傷で耐えることができた。

 煙が三人の視界を遮る中、ラントが簡易的な風魔法を周囲に吹かせ、周囲のそれを払拭する。

 その目が奪われた時間はほんの僅かだったものの、アリシアはその間に一瞬にして姿を消してしまっていた。


「いない……どこいった」


 周辺の建物の屋根やその隙間、敢えてすれ違いになるように動いたことも考えて後方も確認するが、その移動の形跡はやはりどこにもなかった。


「振り出しか……クソっ」


「しょうがない。こうなったらまた走り回るしかないさ」


 ようやく探し当てた捜索対象を取り逃がし、昔両親の隣で見たことのある刑事ドラマの犯人を見失ったときの気分はこんな感じだったのかと唐突に感じながら、大我は狼狽えた。

 それをなだめるエルフィの横に、ラントがゆっくりと近づいていく。


「俺も手伝おう。あんな状態のアリシアはさすがに正気じゃない。さっさと捕まえて、何があったのか確かめないとな」


「ラントお前……ありがとな」


「エヴァンさんに会わせてくれた礼だよ。てめえのことがあんま気に入らないのは変わんねえからな」


 律儀な性格が滲み出る発言を直球でぶつけるラント。

 そんなあまりにも典型的な発言に、エルフィはなんてわかりやすい奴なんだこいつはと、野暮な事を言わないように心の中でその言いたいことを秘めた。


「そうかよ。それでもありがたいさ」


「よし、さっさと行こうか。あんなとんでもない格好されたまんまじゃ……正直、見てて恥ずかしい」


「ああ俺も、うん」


 健康的な肢体に青少年の心を煽り立てるその容姿。そんな友人がリボンぐるぐる巻きスタイルというとんでもないファッションをしているとなれば、さすがに頭を抱えたくなる。

 目を逸らしたくなるような気分に関しては、中々表面的にそりの合わない二人でも、その心情はシンクロしていた。


「なににやついてんだ」


「ああ悪い、たいした意味はないよ」


 そんな中々に少年している二人を見て、エルフィは青いなあと思いながら微笑ましく見守っていた。

 生まれて間もない存在でありながらも、世界へのメタ的な視点も備わった存在らしい反応とも言える。


「ともかく、早く探そう。あんな堂々と攻撃してくるってなれば、本格的に何が起こるかわからない」


 人の殆ど見られなかった場所でのやり取りだからよかったものの、それが人が行き交う通りで行われたとなれば、要らぬ被害が広がる可能性が大きく上がる。

 ましてや今のアリシアは正気ではない。普段ならばその辺りの部分はちゃんと考えられる人物のはずだが、現状ではそれが大きく欠けてしまっていることも考えられる。

 それを阻止するためにも、三人はひとまず真っ直ぐ走り出した。

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