第24話
「こいつら、一体どこから湧いてきたんだ……? ちっともそんな気配はなかったのに」
「全部相手するって、セレナでも骨が折れそう……」
三人が待機する倒木の周辺に、ぞろぞろと黒い鋼鉄の骸骨、カーススケルトンたちが集まってきた。
ルシールは骸骨達が姿を見せる直前、いち早く木の陰に隠れる姿を目撃した。
ひっ、と小さく怯えた声をあげたが、その時発見したのは一体だけだったため、側にいるセレナ達に知らせようとした。しかし、そうしようと視線を動かす度に、また新たな骸骨の影が視界に入り込む。
中には矢を向けた者も存在しており、一瞬で湧き上がった恐怖に煽られたルシールは思わず、声を上げてしまったのだ。
そうして、悲鳴に反応した骸骨達は続々と姿を現し、今に至る。
「ご、ごめんなさい……私が叫んだから……」
「いや、むしろ助かったぞ。気づいてくれなかったら、かなりやばかったかも」
「そうだよルシール。でも、ごめんね。こんな数がいるとは思わなかった……ちょっと楽しく狩りみたいな感覚だと思ってたのに……」
とても申し訳なさそうに、弱々しい声で謝るルシールをフォローするエルフィとセレナ。
既に囲まれたとも言っても良い状況ではあるが、大人しく倒される気はないと、迎撃の準備を整えていた。そしてルシールは、その邪魔にならないようにかつ身を守るために、倒木の影にへたりこんだ。
反撃を警戒する素振りもなく、ただじりじりと近寄ってくるカーススケルトン達。
「でも、大丈夫。セレナが守るからね。足引っ張らないでよ!」
「俺を誰だと思ってんだ! むしろこっちの……」
セレナの発破をかけるような軽口に、ちょっとカチンと来たような口調で、少しだけムキになりながら言い返すエルフィ。
そして流れるように、エルフィは両腕を思いっきり振りかぶり、巨大な雷球を作り出した。
「台詞だっ!!」
その雷球を、勢いよく骸骨の中へと叩き込む。
そのうちの一体に命中した雷球はバチバチと火花を散らし、一瞬にして内部の僅かな回路を弾けさせた。
「そうですかっ!」
それに呼応するように、セレナは手をかざし強力な電撃を放った。
電撃は二体の骸骨に命中し、その一撃によって制御が失われ、糸が切れた人形のように崩れた。
「ふふ、どう? セレナの方が一体多いよ?」
自慢気にちらちらとエルフィを見ながら、人差し指をくるくると回す仕草を見せるセレナ。
思ったよりダメージを与えられなかったなどということもなく、セレナの魔法の実力は、確かに目を見張るものがあると、エルフィは感じた。
「ハッ! だったら俺はもっとやってやるさ!」
しかしそんなことはエルフィには関係ない。倒した数での喧嘩を売られたならば、それを越えてやる。
エルフィの闘争心に火が灯り、周囲に風を起こしながら両手にそれぞれ炎と雷を宿す。
「やった。ちょっとは楽できそ」
「なんか言ったか?」
「ぜーんぜん?」
「ったく……それじゃあ行くぞ!」
気になりながらもセレナの小さな一言を流し、エルフィとセレナは、迫り来るカーススケルトン達との防衛戦を開始した。
エルフィは有り余るスペックを活かし、炎、雷、風、氷、土と、いくつもの魔法を存分に奮い、次々と殲滅していく。
一方のセレナは、自身の得意な雷魔法を使い、ルシールに近づかせないように一体一体確実に仕留めていった。
カーススケルトンの殆どが武器を携行しているが、大部分が近距離戦用の剣や棍棒といった代物であり、ひたすらに遠くからぶつけられる魔法に対して為す術もなく、鋼鉄の骸骨達は次々と倒れていった。
しかし、中には弓矢を装備した個体も存在している。その数自体は少ないが、唯一反撃出来る存在でもある。
エルフィはその射られる気配をいち早く察知し、足元の土を崩してバランスを揺らがせ、その怯んだ隙に火球を叩き込んだ。
一方のセレナは、自分にその矢尻を向けていない者にだけ注目する。
迎撃している二人には向けられている物ではない。それはつまり、影に隠れたルシールが狙われているということになる。
それだけは通さないと、セレナは確実に弓持ちのカーススケルトンを仕留めた。
「あっ、あぶないっ……!」
当然ルシールを狙うものばかりではなく、セレナに狙いをつける個体も存在している。
それを影の中から目撃したルシールは、セレナへ攻撃目標を定めた者に対して氷結魔法を放った。
三体のカーススケルトンの両腕は一瞬にして凍りつき、その隙にセレナが、トドメの電撃を叩き込んだ。
「大丈夫だったのに……ありがとルシール」
「よ、よかった、です……」
倒木の周囲には、次々と残骸が転がる。しかし、一向に敵の姿が潰える様子が無い。
「どんだけいるんだよこいつら!」
「…………」
イラつきを見せながらもとにかく狩り続けていくエルフィと、口数が少なくなりつつ、ルシールに攻撃が向かないように電撃をぶつけ続けるセレナ。
その時、エルフィの視界に、遠く離れた位置から矢を向けたカーススケルトンが入り込んだ。ぱっと見ただけでも、複数存在しているようだ。
「危ない二人共!!」
射撃を抑えるための先制は間に合わないと判断したエルフィは、二人に危険の報せを叫んだ。
だが目の前の敵に集中しているのか、その声に反応する様子は無い。
一歩出遅れたと後悔の念が噴出しかけたエルフィは、せめてその矢を迎撃しようと、体勢を整えようとした。
「オラァ!!」
その時、弓を構えたカーススケルトンのうち一体が突如、気合の入った一声と共に、五体をバラバラにさせながら吹き飛んでいった。
「この声は……」
一体何が起きたのかわからない。しかし聞こえた声が誰のものなのか、エルフィにははっきりとわかっていた。
「おおおりゃああああ!!!」
そこにいたのは、とにかく力を引き出すが如く叫びながら、カーススケルトン達に拳を叩き込む大我の姿だった。
既に朝方から筋肉痛で唸っていた男の姿は無く、何の不自由も無く暴れる姿がそこにはあった。
「アリシア、正面に弓を一発お願いします!」
「よし! 任せときな!」
続けて、ティアの合図と共に、アリシアが炎を纏わせた矢を放つ。そして、その矢に枝についた無数の葉すらも巻き込みそうな程の風を添えた。
一筋の矢は、竜巻のごとく落ち葉や土を巻き込み、骸骨達を退けながら一直線に進む。そして、一体の頭部に命中し、その頭を爆散させた。
「大我さん、道が空きました!」
「よっしゃ!」
その一発によって拓かれた道を走り、三人はエルフィ達との合流を果たした。
「ほんとにいたよ」
アリシアは、珍しい生物を見るような目でセレナを見つめた。
「なに、セレナがいたら悪い!?」
「んなこと言ってねえだろ!」
つい先程のピンチを感じさせないような軽い余裕と軽口で、セレナはアリシアに軽い口喧嘩の火花をぶつけた。
「大丈夫?」
「は、はい……大丈夫……です」
一方でティアは、影で隠れるルシールの側まで駆け寄り、怪我をしていないかをまず確かめた。
それなりの力を持っていても、ルシールはか弱い少女に変わりはない。ティアはそっと優しく肩に触れて、怯えたその身体をやんわりとなだめた。
「ありがとうエルフィ。これ、やってくれたんだろ?」
「まあな。ったく、すぐに戻ってきやがれってんだ」
そして大我は、その場を任していたエルフィの側まで近づき、周囲の残骸を指さしてから真っ先に口を開く。
「悪い。ちょっと話しててな」
「……まあいいか」
お互いに軽口を交わし合い、暗い感情や雰囲気を作らないように空気を整える。
そして、大我達は一斉に敵の方向へと向き直した。
「よし、それじゃ残ってる奴らを片付けるとするか」
「あたし達を相手にしたこと、後悔させてやるから」
「わ、私も手伝います!」
数が揃い、まるで怖いものなしだと言わんばかりの士気を起こす大我とアリシア。そして、戦闘要員ではないものの、その支援を買って出るティア。
この場にいる全員、口には出さないが、皆今の状況を切り抜けられると確信していた。
「行くぞエルフィ!!」
「任せとけ!」
我先にと攻め入ったのは、大我とエルフィだった。
合図と共に両手に雷撃を纏わせ、正面から力任せに殴り倒していく。
同時にエルフィも、一体一体破壊する大我へと迫る敵に対し、近づかせないようにと援護を行う。
「ティア! あいつらのど真ん中に!」
「任せて!」
合図と共に、ティアが群れの中心へ竜巻を巻き起こし、続けてアリシアが灼熱の炎を浴びせる。
風によってよろめく骸骨達に、巻き上げられた火炎が襲いかかる。抵抗する間もなく、瞬く間に残骸と化していった。
「邪魔はさせないよ! ばーん!」
仲間が増え、余裕が出てきて気が大きくなったセレナ。軽く可愛らしい振り付けをしながら、的確に一体ずつ弓を持った個体へ電撃を放つ。
それを直にくらった個体は弓もろともバチバチとショートを起こし、そのまま次々とダウンしていった。
刹那、セレナへと向かっていく敵が数体確認される。とうのセレナは、その敵がいる方を何も気にしていないかのように見向きもしない。
接近を許し、もう数歩でその凶刃が届くであろうという距離に達したその時、セレナを守るように後方から氷柱の如き氷塊が勢いよく飛んできた。
重く硬いその氷塊は、まさしく鈍器のような威力で敵を退けた。
「だ、だから……危ないって……」
その攻撃の主は、少々怯えている様子を見せるルシールだった。
二人が守ってくれた後でも、やはりこのモンスター達に攻撃する/立ち向かうのは怖い。
しかし、皆が揃って戦っている中で一人だけ固まっているわけにはいかないと、小さな勇気を振り絞って立ち上がり、セレナを助けるための魔法を叩き込んだのだ。
「ごめーんね? でも、セレナなら大丈夫!」
根拠があるのかないのかわからない自信を振りまき、セレナは改めて電撃を叩き込み始める。
そういうとわかっていたというような溜息を一つつき、ルシールはセレナと同様に、遠距離からの魔法攻撃を手伝うように徹底した。
数は違えど、その質はエルフと人間、アンデッドとでは大違い。みるみるうちに残骸は増えていき、大した傷を大我達に着けることもできず、その無数にいた骸骨達も、残るは大我の目の前で剣を構える一体だけとなった。
「こいつで最後か」
ひたすらに身体を動かし続け、大我の身体には疲労が溜まっていた。
強化されたとはいえ、目覚めてからまだたいした時間も経っていない上に、そもそも戦いに慣れていない。その為に、幾分か無駄に体力を消費してしまっている部分があった。
一応の自覚はありつつも、大我は残り一体ならば余裕だろうと、正面から突っ込んだ。
それに対する対抗か、残ったカーススケルトンは、手に持つ剣で横に斬り払う。
技術も何もない、ただ振られただけに近いその一閃。しかし、ここで溜まった疲労が響く。
「うわっと!」
若干鈍っていたその反応。もう少しで当たりかけたその一閃を、大我はギリギリのところでなんとか大きく避けつつ、最後の一体に鉄拳を喰らわせた。
命中した頭部は内部ごと大きく潰れ、後方へと吹き飛びその動きを止めた。
「ふぅ……これで全部か」
油断により少々危険な事態に発展しつつも、直々に依頼された討伐クエストを終えることが出来、大我はいくつもの積もったあれこれをに安心乗せた溜息をついた。
「なんとかなりましたね……みんな無事で良かったです」
「ああ、全くだな。にしても、本当に案外戦えるんだな」
アリシアはセレナの方をチラっと視線を向け、わざと一言多い褒め言葉を投げる。
「案外って何よ案外って! セレナもちゃんと戦えるんだからね! 普段縁がないだけで!」
「まあ、そうだよな。ルシールも、よく頑張ったな」
「え、えへへ……ありがとう」
ほぼ巻き込まれたに近い形ではあったが、自分も意外とやれるんだということに、ルシールの中に小さな自信が生まれた。
そんな姿に、セレナは笑みを浮かべた。
「大我ー! そろそろ帰ろうぜー!」
「そうだな、そうしよう」
予想外に多くの者を巻き込んでしまったが、その協力もあってクエストをより確実に達成することができた。
成すことも終わり、長くこの場所に居続ける必要はないなと、大我は皆と共に帰ろうとした。
その時、セレナが何かに気づいたように、森の奥の方を見つめる。その表情は、どこか緊張しているようにも見えた。
それに合わせて、大我やルシール、続けてティアとアリシアも同じ方向に視線を向けるが、怪しいモノがいるような様子は見られない。
「どうしたんだ? 何かいたのか」
アリシアは疑問をセレナに投げかけてみるも、返事は帰ってこない。
何か空耳でも聞いたのかなと皆が思い始めたその時、視線が向かうその方向から、足音が聞こえてきた。
一歩一歩踏みしめるような、しかしその強さはバラバラで、音の間隔も一定ではない。
大我達は、敵が残っていたのではと、再び戦う態勢を整える。
だんだん大きくなるその足音。そして、その音の主が姿を表した。
「あれは…………」
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