第22話
リリィと名乗った女騎士の後ろを歩き、その者が率いるネフライト騎士団の本部へと入った大我とエルフィ。
内装は外国の美術館を思わせる程にとても整っており、真っ直ぐ進む廊下ですら、大我が人生の中で体験したことのないような広さをしている。感覚そのものは、通っていた高校の廊下のようではあるが、今この瞬間歩いている場所は、やはりそれとは比べ物にならない。
かつての自分だったら、思いっきりジャンプして手を伸ばしても一生届かないだろうと感じさせる程に高い天井、点在している団員だと思われる人物たち。大我は心奪われたような顔で、周囲を度々見渡しながら歩いていた。
「さて、もうすぐ団長室に着くわけだが……どうかな? 私達の拠点は」
「え? ああええと……すごいですね!」
終始その目に驚きが飛び込んできていた大我には、突然のリリィからの質問にとても単純な、しかし本心からの返事しかできなかった。
そんな様子を、エルフィは何も言わず面白いものを見ているかのような表情でじっと見つめている。
「ふふ、感謝するよ。そういうわかりやすい感想は、中々に胸に響くものだ」
素直に嬉しそうな柔らかい表情で、リリィは一言を返す。
簡単な喜びの一言でも残っているその風格に、大我はやはりこれだけの規模を率いているだけあって、さぞかしいくつもの経験をしてきたんだろうなと想像した。
「なんか流されるまま来たけど、案外悪くないなここ」
「え、うんまあ……そうだな」
大我の反応に対して、どことなく素っ気ない返事を返すエルフィ。
その様子をどこか不思議に思ったところで、三人は目的の団長室へと到着した。
「さ、入りたまえ。そこで早速依頼の話をしよう」
団長室のドアを開け、リリィ、大我、エルフィの順番に入っていく。
全員が入り、ドアが閉まったその瞬間に、リリィに突如異変が起きた。
「…………」
つい先程まで豊かな表情や喋りを見せていたリリィの顔が、突然魂が抜け落ちたかのように無表情なった。
そして、人間的な柔らかさの無いとても矯正された綺麗な姿勢で一歩一歩歩き、部屋の奥に設置された机へと移動してその椅子に座る。
そして、椅子からはリリィの首にあたる部分にちょうど当たるように端子がせり出し、リリィの首筋から自動で開かれた接続端子へと自ら押し込むように差し込んだ。
その姿勢もとても美しく、まるで受付嬢の如く一変のブレも見られなかった。突如現れた機械らしい部位も、その首元をしっかりと至近距離で凝視しないと見えない程に巧妙に隠れている。
「ん? どうしたんだ一体」
「サーバーへ接続。データの同期を行います」
大我が突然の異変に戸惑った直後に、表情の消えたリリィが口を開いた。
その喋りはまさしくロボットのそれであり、既についさっきまで談笑していた女騎士の姿は消え失せていた。
「おい、どうなってんだエルフィ?」
「ああ、このネフライト騎士団は膝下なのもあってアリア様が設置した組織なんだよ。そのトップはちょくちょく変わるけど、全員共通してるのは、その守護システムの一部ってこと。つまり、リリィは他と違って感情があるように見せてる傀儡ってとこだな」
「……どういうことだ? この騎士団の人達は全員そういう……?」
「いや、団長以外は全員外から入ってきてるよ。あくまでそういう民を護るための組織という場所と、それを指揮するリーダーを用意しただけなんだ」
「桐生大我様への依頼を申し上げます」
二人の質疑に割り込むように、システム音声のような、感情を失ったリリィの声が耳に入った。
その姿は声と表情に合致するようにとても人形的で、出会ったときの面影は全く見られない。
「西門から20キロの地点にて、カーススケルトンの群れが目撃されたとの報告がありました。桐生大我様には、その集団の殲滅を行い」
「リリィ団長、出発の準備が整いました!」
「そして私達に報告を行ってもらいたい。なに、直接こちらへこなくとも、恵みの足跡の方で報酬も用意してあるから、そちらへ結果を伝えてもらっても構わないぞ」
直接の依頼を、まるで施設のアナウンスのように感情のない喋りを無表情で述べている途中、副団長のエミルが現状報告のために団長室の中へと入ってくる。
それと同時に、リリィの表情と声は突然それまでの感情を取り戻し、再び毅然とした声と顔でその内容を喋り続けた。
機械人形のような姿を知る由もないエミルは、いつもと変わらぬ面持ちでいるが、目の前でその変わり様を見せつけられた大我は、とにかく理解が追いつかないまま放心するしかなかった。
「失礼、話の途中でしたか」
「いや、大丈夫だ。残るは質問が無いか聞くだけだったからな。それじゃあ早速向かってくれ」
「了解。それでは副団長エミル=ヴィダール、出発して参ります」
「任せたぞ、大切な右腕よ」
エミルは、その一言を噛みしめるような深くゆっくりとした一礼を向け、そのまま部屋を後にした。
ドアが閉まった後で、その向こうからは一瞬かちゃりと鎧同士がかち合うような音が聞こえた。
「では、何か質問はありませんか?」
そして、リリィの振る舞いは再び無へと戻った。
「……いや、ありません」
理解が追いつかない状況の連続に脳が疲れた大我。既に何か質問をすることすら面倒くさくなってきていた。
こうして、大我は突如として舞い込んだ直々の依頼を受け、この世界に生きて二回目のクエストへと駆り出すこととなる。
* * *
騎士団本部を出てから十数分後、目の前を飛ぶエルフィの後をつけるようにのんびりと東門を目指していた。
幾分とにかく広い街であるアルフヘイムの道を、大我はまだ完全には把握していない。頼まれたとはいえ、一度も行ったこともない東門へとたどり着くには、エルフィの導きは必要不可欠だった。
門へと向かう間、大我は街並みを見渡しながらエルフィと会話を交わす。
「……やっぱさっき、ちゃんと質問しとけばよかったか」
「ん? どうしたんだよ大我」
「あの骸骨の群れって言っても、だいたいどれくらいなのかとか、昨日出会ったようなでかい奴はいるのかとか……今更言っても仕方ないか」
「まあ、今の大我ならアレくらい問題ないだろ。もしあの巨大や奴がいたら、強いこの俺が手助けしてやるって!」
「そういや、あのエミルって人は団長がああいう存在だってのは知ってるのか? 見るにかなり入れ込んでたっぽいけど」
「いや、知らないはずだけど……」
一つ一つの疑問を話の種にし、この世界の住人であるエルフィへ聞きながら少しずつ身を今の世界への理解を深めていく。
そうやって依頼にて伝えられた目的地に着くまでの間を少々有意義に潰しながら歩いていると、ふと大我の視界の中に、どこか見覚えのある二人の少女が入ってきた。
一人はピンクのツインテールで、吸い込まれそうな黒色の瞳を持つ活発な雰囲気エルフで、もう一人は大人しい雰囲気の、銀髪のエルフだった。
黒髪の少女は銀髪の少女の手を引っ張るように握り、どこかへ誘っているようにも見える。
どこかで見たようなと思っていると、ピンク髪の少女の方が視線を大我達に向ける。そして、探していた人を見つけたかのように駆け寄ってきた。
「……あっ!」
「どうも、昨日ぶりねお二人とも」
「ど、どうも……こんにちは」
二人の少女が目の前までやってきたその時、大我はようやく少女の容姿と結びついた名前を思い出した。
「えっと、確か……セレナとルシールだったか?」
「正解っ! やっぱりセレナのこと、ばっちり刻まれたみたいねっ」
「ど、どうも……大我さん」
偶然にも出会った少女は、紹介所にてウェイトレスの格好で手伝いをしていた神憑きのルシールと、その隣の食堂でアイドルみたいなことをやってのけた店員のセレナだった。
言うまでもなく、二人の格好は昨日出会ったときとは違うものであり、セレナは細かい自分流のアレンジが随所に見られるお洒落な軽装で、ルシールは少々地味めな色合いで肌を隠すようにした慎ましい服装を着用している。
「ところでぇ、今からどこに行く予定なんですか?」
輝かしいばかりの自信に溢れた笑顔を見せた後、セレナは悩ましそうな声で、大我にこれからの用を聞き出そうとする。
何か目的があるのか、単なる興味なのか、いきなり聞かれた直後では判断はつかない。しかし、いずれにしても今から行うのはあくまで自分に向けての依頼であり、他の人に話してもいいのかという新たな疑問が過ぎる。
これも聞いておけばよかったとまた後悔の事案を一つ増やしつつ、大我はここは誤魔化して穏便に済ませたほうがいいだろうと考えて、適当な嘘を喋ることにした。
「いや、まだアルフヘイムに来て日も経ってないからさ、ちょっと覚えるのも兼ねてぶらつこうと思って」
大我は咄嗟に、つい数時間前にやっていたことを嘘の説明に使った。
半分真実ではあるが半分真実ではない。おそらくここから突っかかられないだろうという保険もかけられる返答だと、大我は一瞬思った。
しかし、当のセレナから返ってきたのは予想外の返答だった。
「ふーん……嘘はいけませんね」
「え? 俺は別に」
「東の森の方で、最近カーススケルトン達がいるという噂と、その方へ向かう精霊を連れた人。こうなると、答えは一つじゃない?」
その発言に、大我は表情を消し息を飲んだ。
モンスターの話は一度もした覚えはない。だが、セレナの口からはそれが最初に出てきた上に、少ない材料でほぼ正解を言い当てられた。
驚異的な洞察力を持っているのか、はたまた何か妙な力があるのか、大我の警戒心は強まっていく。
「…………なーんて! あくまでセレナの当てずっぽうな推理なんですけどね。昨日あなた達が訪れる前、お客さんの会話を横から聞いてたらそんな感じの話題があったの。誰か退治してくれないかなーって思ってたら、その噂の出元に向かう大我さんに出会ったからもしかしたらーって。どう? どう?」
一瞬の静寂の後、それを自ら弾けさせるように明るい声でその答えに至った思考の経緯や判断材料を喋り始めた。
果たしてそれが誤魔化しなのか事実なのか、それは本人にしかわからない。だが、あくまでセレナは、知る限りではただのアイドルっぽい大きな食堂の店員。何よりそんな嘘をつかなければならない理由もおそらく無い。
ただの店員に大それた背景などは無いだろうと、大我は嘘の線を消して、弾けた雰囲気に身を委ねた。
「まあそんなところだよ。すごいなその推理」
「ふふん。セレナの店には、日々の戦いを終えて腹を空かせた人々がたくさんやってくるんです。そしたら、嫌でもそんな話は耳に入ってくるんですよっ!」
「……確かに」
マシンガンのように楽しく話すセレナのペースに持ち込まれていく大我。
「……それでですね。相談なんですけど……そのカーススケルトン退治、セレナ達も連れてってくれません?」
どのような頼みが来るのかと身構えていた矢先に、予想外の答えが飛んできた。
応援するとか言葉を贈るなどものを予想していただけに、同行したいというその台詞に大我は心底驚いている。
「大丈夫なのか? あいつらは結構危険みたいだし、そもそもそっちのルシールだって」
「平気平気。元々ちょっとは身体動かしなさいよってことで連れ出したんだもの。ねっ、ルシール?」
「えっ、ああ……うん……そう、ですね……」
とても微妙そうな、しかし多少の運動不足を自覚しているからあまりその言い分も否定できないというような複雑な表情で、ルシールはセレナの確認を肯定した。
「ただの運動ってわけじゃ……」
「それに……セレナ達、案外戦えるんですよ?」
余裕を持った表情と共に、セレナは右掌を天に向けて、ゆっくりと顔の前まで持ち上げる。
すると、その手の中にばちばちと激しい音を鳴らしながら、小さな雷球が作られた。
その雷球はすぐに弾け、周囲の空気に激しい振動をもたらす。目の前でその震えを直に体感した大我は、確かにこれ程の力があるなら大丈夫なのかもしれないも考える。
しかし、未だ少女を危険な場所に連れて行くのに抵抗があった大我は、改めての最後の意志の確認を行う。
「力があるのはわかったけど、本当に来るのか? ルシールもいいのか?」
「……はい。もう外にも出ちゃいましたし……私は大丈夫ですよ」
「セレナに二言は無いよ!」
「……あー…………うん、わかった。エルフィ、大丈夫か?」
ここまでぐいぐいとついていきたいと言われたら、断るにも断れない微妙な空気が大我を包む。
危険に対する意識から抜けない不安はあるものの、大我はその頼みを渋々受け入れることにした。
いざとなれば、自分とエルフィが二人を守ればいい。昨日の奮闘もあってある程度は自分の今の強さに多少の自信がついた大我は、新しく仲間となった二人の少女を連れて、改めて東の方へと向かうために足を向ける。
「ああ、俺は問題ないよ。果たして娘二人のお守りがお前に出来るかな?」
「お前も協力するんだよ! 一人であんな硬い奴殴り続けるとかごめんだからな!」
「かーっ! やっぱ俺の力が必要だよなー!」
「そりゃ信頼してるからな! ほんと、頼むぞ」
「おうよ、未熟者の力に是非ともなってやるぜ」
「一言いらないんだよ……事実だけど」
「……二人とも、仲良さそうですね」
「ええ。楽しそう………………ほんとうにね」
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