あなたの知らない百万字の世界

高羽慧

00. 黒いもふもふ

 俺の目の前に座るこいつ・・・は、黒い毛玉にしか見えない。モフモフのぬいぐるみは、ゲームセンターの景品で通用するだろう。

 動きさえしなければ。喋りさえしなければ。


波賀はがあつしくん、だったね?」

「は、はい」

「もう少し離れて座って。つかまれたら反撃するよ」

「離れます。つかみません」


 いや、どうせなら逃げ出したいけどね。

 自分の晩飯を横取りしたモフモフを、じっと観察する。

 食事に没頭している姿はいいんだ。怖くもないし、ペットがいたらこんな感じだろう。


 夢じゃないのかと頬をつねりたくもなる。こんなのがいきなり部屋に現れたって、信じる奴がおかしい。

 でも、こいつが顔を上げると――。


「味はイマイチだね」

「ひっ」


 目だ。赤い目の圧力が半端ない。

 幻覚だとか、ぬいぐるみだとか、そんな可能性を全て叩き潰す圧力が、赤い光となって二つの目から溢れている。


 こいつは人を喰うらしい。疑うのは危険だと、脳より体が教えてくれた。

 噴き出す汗にまみれ、ことの発端を振り返る。


 今日は懸念だった課題も全てケリがつき、のびのびと休める夜になるはずだったのに。

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