街角にて

懐中時計

第1話

 ここはとある街角の小さなカフェ。私はそこで働くウェイトレスで、あの人はいつも夕方になるとやってくるちょっと変わった常連さん。いつも窓辺の二人席に座って、暮れゆく広場の様子を眺めている。

 帽子に仮面、古めかしい燕尾服。手には手袋を嵌めて、素顔は誰も見たことがない。エルフにドワーフ、獣人に妖精──いろんなお客さんが来るけれど、彼はいまだに種族さえもわからない。

 けれども、彼は優しい声の持ち主だった。黄昏の、優しくてどこか郷愁を感じる声。私はその声が好きだった。

「いつものでよろしいですか?」

「ええ、ありがとう」

 お決まりのやりとり。白いカップに一杯のコーヒーが彼の定番。ミルクも砂糖も入れない大人の味が好みらしい。

 コーヒーを持って席に向かうと、あの人はいつも仮面の裏で笑うのだ。

「あぁ、良い香りだ」

 お客さんと店員。たったそれだけの関係。心地よい距離感で、考えの甘い私はいつまでもその関係が続くと思っていた。




 けれど、彼はある日を境にぱったり来なくなってしまった。他の馴染みのお客さんも心配していたけれど、3日、1週間、1ヶ月にもなると、話題にする人はいなくなっていた。

 そうして季節は巡り、やがて雪の舞う季節がやってきた。

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