空とぶサカナ
来条 恵夢
第1話
強く地面を蹴れば、強く、強く足を踏み切れば、するりと空に泳ぎ出せる。
今となってはそれが当たり前になってしまって、言われてみれば幼い頃は空を泳ぐなんてできなかったなと、思い出す。
そしてふと、不安に襲われたりもする。
今のこれはお
生物学者も科学者も、SF評論家も、皆が皆、揃って仰天したこの世紀の大事件は大きく取り上げられ、だが
それなら、やはり何もわからないうちに元に戻ってもおかしくはない。
それでも、そんなことをいつも考えるわけではなくて、大体は、生まれるずっと前から、世界の始めから空で泳げていたような気分でいるのだが。
地面に別れを告げると、導かれるようにある程度の高さまで浮かび上がる。そうやって潮の流れに身を任せ、漂うだけでいくらでも時を過ごせる。
ただ、昼間は人も多いから、夜の方がゆっくりできる。
「よー、アカリ。こんな時間に何やってんだ、フリョー」
「わー不良に不良呼ばわりされたーショックー。てかただの散歩だし」
「へっ」
たまに顔を合わせる散歩仲間に鼻で笑われ、灯は、力を抜いていた体に力を込め、殴る振りをして見せた。
相手はそれを受けて、やられたー、と、大袈裟なリアクションを返す。付き合いが良い。
散歩仲間は、
灯は、そんな姿をまじまじと見詰め、ぽつりと呟いた。
「間違えて狩られない?」
「は?」
殴られた演技をしていた少年が、ぱちくりと
灯は、またやっちゃった、と苦笑した。少年の方も、慣れているのですぐに、今度は逆に灯を小突く。
「主語述語はきっちり言え?」
「ごめんごめん。そんなきらきらしてたら、魚と間違って狩られちゃわないかなーと。最近、不法業者もはびこってるらしいし」
「オレがそんなヘマするかよ。つーか、何気に失礼じゃね?」
「そ? いいじゃん、魚きれーだもん。あれが晩御飯になるとか、え?って思うよね」
「…いつもながら、オマエの感覚はよくわからん」
「えー?」
他愛ないことを言い合い、笑う。
クラスメイトが見れば驚くだろうなと、ちらりと思う。教室の灯は、どうも笑わないことで有名になっているらしい。学内で唯一の友人の幼馴染が、そんなことを教えてくれた。
今も、暗くなければ笑うことはできないのだろう。そこも含めて、夜泳ぎは好きだ。
「なあ、アカリ」
「うん?」
「…やっぱ、いいや」
「えー? たち悪いなあ、言いかけてやめないでよー」
笑いながら、本名も知らない少年と一緒に、灯は夜の空を
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