『甘え』

 一緒に南方へ視察へ行きましょう。あ、護衛は貴方だけで。

 それを聞いた彼が発した一言目は――


「阿呆」

「なっ!? い、いきなりそれですか!」

「阿呆を阿呆と言って何が悪い。昔から、阿呆だと思っていたが、ここまでだったとは……」

「なななななぁ!」

「主よ、こやつが残念なのは昔からじゃ。最早、手遅れ。いや、生まれ変わっても完治は望めまいて」

「うるさいですよ、この性悪猫! とっとと、魔界へお帰りなさいっ!」

「はんっ! 残念ながら、我と主とは、再契約しておるわ!!」

「ぐぐぐ……い、いいから、ちょっと、あっちへ行ってなさい!」


 布製ボールを全力で遠くへ投げます。

 反応して追って行く黒羽猫。ふ、所詮は獣です。私の敵ではありません。

 苦い顔をしている、ノルンへ向き直ります。


「で……どうして、阿呆なんですかっ! 南方視察へ行ってないのは事実です。ええ、誰かさんのせいで!」

「……別に、視察が悪いわけじゃない。政情も安定していやがるし、気が緩んでいる連中を引き締め直す点でも、同意はしてやる」

「ならっ!」

「問題は、だ……護衛役を俺単独で、とかのたもう事だ。通るか、そんな話が。少しは考えて物を言え。お前の頭に入ってるのは、スポンジか?」

「……だって」

「あん?」

「……だって、二人で行きたかったんだもん。いいでしょ! 私は皇帝なんですよっ!! 我が儘言っても許される筈ですっ!! それに、貴方がいれば何の問題もありませんっ!!」

「…………阿呆」


 頭を軽く叩かれる。

 ……嬉し――違う。今日はこんな事じゃ誤魔化されないから。

 きっ、とノルンを睨みつける。


「いいですか! これはもう決定事項です。貴方は私と一緒に南方へ視察へ行きます。もう、覆りませんっ!」

「ああ、それは構わねぇが」

「……へっ?」

「南方への視察は必要だ。何せ、他地域は行っているのに、あそこだけ行けてないとなれば、色々と角が立つ。このタイミングでそれを言い出したのも、まぁ、及第点だ。確かに、最近、あの馬鹿共が緩んでいるのも事実だしな」

「え、え、ええ……」

「が……護衛を俺と――まぁ、そこの馬鹿猫だけってのは通らん。通る筈がない。第一、南方の連中にどう説明する? 俺の顔はあいつ等も知っている。そして、俺が、最古参なんてものであることも知られている。女帝と謀反人が公式の視察に、お手々繋いでってわけにいくかよ」

「あ、手は繋いでくれるんですね――そうじゃなくてっ!」

「……さっきからうるさいぞ」

「大事な話です!」

「おおぅ」


 珍しく、彼が怯みます。あ、ちょっと可愛い……。

 違います! もうっ! 何時も何時もそうやって、私の集中力を乱さないでくださいっ。

 こほん、と咳払いをし続けます。


「……ノルン」

「何だ」

「南方視察自体は問題ない、ということは……着いてきてはくれるのですか?」

「……面倒だが、俺のした事で中止になったわけだしな」

「――っし!」


 思わず、拳を握り締めます。

 おっと、いけません。これでも、私は聖女。あくまでも、優雅に、おしとやかにしなければ――えへへ。

 ……いけません。まだ勝負は終わっていないのです。最後の最後まで油断は出来ません。何しろ、相手は『黒色道化』。この大陸最高の大英雄にして、帝国の守護神。そして、私の――大事な大事な、世界よりも大事な人です。


「取りあえず、物々しくしたくないってんなら、『黒狼』と親衛から選抜して……おい、聞いてんのか?」

「え? あ、はい。聞いてますよ。はい、それでいいです。全部、お任せします。その代わり」

「あん?」

「視察中、ノルンと私はずっと一緒です。お部屋も一緒にします」

「…………おい、阿呆。話を聞いてたか? 俺の顔は知られている。それは」

「化けてください」

「はぁ?」

「化けてください。ほら、前、晩餐会をした時みたいに」

「……俺にあの屈辱的な恰好をまたしろと?」

「はい。ああ、でも、あの恰好すると、何時もはその憎まれ口と、ぼさぼさな頭で相殺、うまいこと隠れている貴方の魅力が表に出てきてしまうので……女の子と接触は禁止です」

「…………本気か?」

「本気ですよ。勿論、視察自体は真面目にしますけど、貴方が生きてるのに、死にたくはないですし、大半は影にやってもらいます。まぁ、貴方が一緒で危険になる方が難しいとは思いますけど」

「…………」


 あ、珍しく悩んでます。

 今日は、色々な顔が見れて嬉しいです。南方視察中も、こういう時間をたくさん取れるよう、鋭意努力しなければ!

 そして――そうですねぇ、そろそろ次の段階へ進んでも。

 ほ、ほら、私もいい歳ですし? 

 子供とか……その、私は出来れば、たくさんいればいいなぁ~って思うんです。 女の子多め――いえ、駄目です。私の娘ならば、まず間違いなく、目の前で悩んでいる男に惹かれるに決まっています!

 かと言って、一人もいないのは悲しいですし……中々難しいですね。


「……主よ、狂人が狂った未来予想図を考えておるぞ。と言うか、我がいないではないかっ! 我は何処へ消えたのだっ!!」

「勿論、毒殺――」

「さ、さらっと怖い事をぬかすでないわっ! き、貴様、それでも聖女かっ!?」

「知らないんですか? 聖女だろうが、魔女だろうが……女は障害に遠慮なんてしないんですよ?」


 まったく、無知な獣には困ったものです。

 ――考え込んでいたノルンが、答えを口にしたのはその後すぐでした。

 我、勝てり!!! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る