第二話 背景説明には一貫した論理と知ることへの喜びが必要

 ということで、これから俺達七人は食レポをするわけだが、こういうおかしなシチュエーションにめっぽう強い獣耳女盗賊が、俺の方にするすると寄ってきて耳元で囁いた。


「やっぱりさぁ、異世界転生で、食レポで、しかも今回が最初と言うことはさぁ――」

 察しのよい俺は、軽く右手を挙げて制する。

「分かってるよ。当然あれしかないじゃないか」

「まあ、そうだよねぇ」

 獣耳女盗賊は俺と同じ転生者で、以前の世界の記憶も持っている。だから、俺と考えていることは同じだった。

「でもさ、カズマは実際に食べたことあるの?」

「いや、ない」

 俺は即答する。

 獣耳女盗賊は大きく息を吐くと、空を見上げながら言った。

「はあっ――ああ、そうだよねえ。『名物に旨いものなし』だし、例外はあるといってもビジュアル的にあれだしねえ」

「ああそうだ。しかし、あれ以外に最初に相応しい素材があると思うか?」

「それはない」

 今度は獣耳女盗賊が即答する。

 そこで俺は、他の仲間にも尋ねた。

「誰かこの中で、昔×××を食べたことがあるやつはいるか?」

 全員がなんだか微妙な顔になって、顔を見合わせる。

「いや、あれは高級品だし」(脳筋美少女騎士)

「しょみんがたべるなんてとてもとても」(メイド忍者)

「しかもぉ、出してるぅ、お店もぉ、そんなにぃ、ないしぃ」(自分の設定を思い出した幼女魔法使い)

「で、食すか? 浴びるか? それとも我……」(ヤンデレ爆乳魔王、ぎりぎり聞こえるぐらいの小声)

「ZZZZ……」(聖なる女神様、相変わらず聖水作成中)

 俺はなんだか頭が痛くなる。


 *


 誰でも知っている有名な料理であっても、

「実際にそれを食べたことがあるか」

 と問われると、急に考え込んでしまうものがある。

 例えば『ボルシチ』。

 ロシアの家庭料理であることは知られており、誰しもそれ風のものを食べたことがあるような気はするはずだが、本格的なものを食べたことはあるかと問われると、急に悩ましく感じる人は多いのではないだろうか。

 あるいは『蜂の子』。

 長野県から岐阜県にかけて食べられている郷土料理だが、これは言葉のイメージからしてあれだし、実物も明らかにあれなのだが、一見して食欲の沸く食材ではない。だから話のネタにはなっても、メジャーにはならない。

 今回の料理もそのたぐいのものである。迷宮の中で道を失い、手持ちの食料が少なくなった時に、それの廉価版のようなものをやむなく食べなければいけないことはあるが、それは決して旨いものではなかった。

 だいたいが悲惨な経験とセットだから、余計に食べたことのない者は多い。それに食材自体がレアだから、提供する店自体も少なかった。

 しかし、異世界と言えば真っ先にこれが思い浮かぶくらいの有名な料理なのだから、初回はこれしかなかろう。


 *


 少々前置きが長くなってしまったが、俺達はその筋では有名な専門料理店の前に立っていた。

 店の入口、軒先にこの世界の言葉で書かれた看板がある。


『龍のしっぽ亭』


 そのまんまだ。

 ひねりも何もない。

『とんかつの豚太』並に何もない。

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