オタク勇者の愛した日常
@佐野
第1話勇者
ある日、一人の少年が生まれた。
その少年は成人し、勇者となり世界を救った。
その勇者の冒険譚はのちに神話として語り継がれる。
のちの冒険譚には記されることのなかった時期がその勇者にはあった。
そしてそれこそが勇者が最も大切にしていた思い出でもあるのだった。
これから再生されるのは紛れもなく世界を救った勇者の冒険譚。
失われた記憶だ。
太陽が火照り、アスファルトの焼けるにおいが鼻をつく夏。
この時期は暑さがきつい。
いや正直なところここの感覚に合わせようとしているだけで、本当はそこまできつくない。
では何がきついのか。
答えは簡単。
「ジーージッジッジジーー」
「・・・」
「ジーージッジッジジーー」
「・・・」
セミだ。
そうセミだ。
下手したら、中級魔族よりも手強い・・・いや、それと比べるのはセミに申し訳ない。
そう思わずにはいられないほどセミと言うのは厄介だ。
僕のセミへの恐怖はもう恐怖を通り越して畏敬へと昇華している。
ちなみに今僕がいるのは学校の部室、当然クーラーがついてない。
僕は全く問題ないのだが周りの面々はそうでもない。
左を見れば干からびた死体が3つ転がっている。
「・・・誰が死体だ」
「おっと失敬。まさか生きているとは。」
ほんとよく俺の思考を読めるな。
出会ってから何回目だ?これ。
今返答してきた心を読んでくる奴が山田。
洞察力に優れていて、元野球部で髪形は中学時代から変わらず坊主。
なぜ髪形を坊主のままにしているのかを聞いたことがあるが、面倒くさいから、だそうだ。
「それにしても暑さ程度にやられるなよ。みっともないなあ」
そろそろ暇になってきたので他のメンバーを起こすべく煽る。
まあ誰もこんな見え透いた挑発には乗らないだろうけ
「はっ、セミ如き虫けらにおびえている貴様に言われたくはないわ!」
煽られた瞬間凄まじい切り返しをしてきたこいつは阿利平。
説明は後回し。
セミの弁解のほうが圧倒的に優先すべきだ。
「阿利平貴様っ、セミ様を愚弄するか!セミ様はなあ魔族と違って片っ端からつぶして行っても絶滅させられないんだぞ?もし今年のセミを滅ぼしても地中に埋まった軍勢が来年現れるんだぞ?なら無視しろって?できるか!あの音による精神攻撃だって」
「あーもうお前がセミのことが大好きなのはわかった。虫けら同士仲良くしてな」
「おい?」
「あ?」
空気が一瞬で静まり返る。
ちなみにこの両者、強さ的に同じって感じの雰囲気がしているが実際は圧倒的に勇者が強い。
もう圧倒的に。
そして阿利平は勇者の強さも知っている。
つまりこれは、阿利平の暴走。
だがこれをある程度止める存在がいなければそもそもこんなことにならないのがこの部活の、ひいては世界のお約束だ。
「・・・リトバス方式」
横になって寝転がっていた最後の一人が起き上がる。
彼は荒川。
僕たちのリーダー的存在だ。
ルックスも整っていて、運動もでき、性格もよく、勉強もできる。
「「「リトバス?」」」
なぜリトバスなのか。
ちなみにリトバスと言うのは、おそらくリトルバスターズ!を意味するものだ。
この部活の部員なら全員分かって当たり前レベルの知識でもある。
「リトルバスターズ!では喧嘩の際にはその時投げ込まれた武器だけを使って戦うという方法を用いていたんだ。ところで君たち、一ついい?リトバス視た人は挙手」
部室に先ほどとは違った沈黙が流れる。
荒川がプルプルと震えだす。
僕は急いで自分の立ち位置の上方修正に入る。
「いや一話は見たんだけどちょっとあわないかなあって」
荒川に肩を思いっきりたたかれる。
「優はみてるんだな。よくやった。合わなくても一話だけ見てればいいんだよ。見てないのは論外だ。お前らもそう思うよなあ?」
縮こまっている二人に向けられた言葉だ。
やつらは多分、いや間違いなく一話すら見ていない。
二人とも気が乗る、時間の余裕がありすぎて逆につらいなどの条件が一致しないと他人に勧められたアニメは見ないのだ。
しかし感性は正しいので、見終わった後感動しすぎて号泣し、次の日以降そのアニメの布教活動に休み時間を費やすことも多々ある。
怒る獅子を見て、二人が逃げ出す。
それを指さし僕が笑う。
本当に愛おしい、こんな日常の役者の一人が僕。
みんなとともに笑い、みんなととも泣く。
なんてすばらしいんだろう。
荒川に二人が怒られているのを脇目に見ながら僕は思う。
それでもこの日常にだって終わりは来る。
僕にはわかる。
何が理由で崩れるかは分からないが、近いうち、ここ一年以内には崩れる。
一年後この場所には僕はいないが、戻る前には必ずその原因を取り除いて見せる。
勇者の名に懸けて、必ず。
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