9. 残酷なそれは

 気付くと、リースは一人、真っ暗な穴の中にいた。

 ――暗い場所には、慣れていたはずだ。

 魔女になる前は、魔の色をした目を見られたくなくて、罵る声から逃れたくて、気付けば一人で、暗闇にいた。

 その時は暗闇は、安心できる場所だった。

 けれどリースは、魔女になってから、知ったのだ。明かりのある場所の、心地よさを。

 スパルタだが、甘みのある師匠に、穏やかな老人精霊。そして、やっと実感できた、自分を偽らずにいられる、リースだけの守り人。

(……みんなは、どこ……?)

心細くなってきた頃だった。


【――大罪を犯した、忌まわしき魔女よ】

【我らのこを、奪った魔女よ】


 それは、実体なき声。どこからか、聞こえる声。

 けれど、それが「だれ」なのかは、不思議とわかる。

「……あなた方が、天の方々ですね」

【いかにも】

 何が何だかわからないが、ひとまず冷静に、と心うちに言い聞かせる。

「……私に、どんなご要件でしょうか」

 クローディアのことを、「我らのこ」と呼ぶ彼らは、リース相手に、どんな要求をしてくるのか。

【あのこの弟子を、辞めよ】

 こう言われる予想は、不思議だがなんとなくついていた。だからこそ。

「辞めません、といいましたら?」

 ギッ、と、リースは姿無き声を目の前に、鋭い目つきで応じた。

 無言ながら、彼らが息を呑むのが伝わってきた。

 ――正直、天のお偉方に歯向かうのは、恐ろしいとも思う。なにせ、彼らは遠い過去に「神」に成り代わったもの達だ。

 けれど。リースにとっては、神の言葉に背いても、クローディアから離れることの方が嫌だと、思ったのだ。

「……私にとっては、彼女は二人目の親であり、師であり、友であり――」


 すぅぅっと、震えそうな声を呼吸で整えて。

「神にすら、なりえます」


 ざわりと、天にいる神らが、先ほどとはまた違う息の呑み方をした。その空気に、リースの方が驚く。

 彼女がいなかったら、きっとリースは「灰色魔女」にはなれなかった。もしかしたら、ひとを襲うような、理性がなくなるような終わり方を、していたかもしれない。

 「灰色魔女」の原点に、彼女はいた。崇拝はしないが、誇りには思う。

 ざわざわ、さわさわ、と囁きの後、一つの言葉が降った。

【――――いかにも。あのこは、次代の「神」に。我らの同胞になるものなり】

 それは、予想外な言葉だった。あまりにも。

「……次代、の、……ディアが、神――?」

 確かに、クローディアのもとには「天」からの依頼がよくよこされる。そして、「お偉方」は彼女を気に入っているようだった。

(……神? 同胞に、って――?)

 混乱で、なにも言葉がでないリース相手に、彼らは満足げに嘲笑う。

【愚かな魔女よ。今宵よりそなたらに、「加護」を授けよう】

 頭の中はぐちゃぐちゃ。まだ考える時間が必要なのに、目の前の姿なき神々は満足げに、残忍な嘲笑い方をする。


【……記憶を落とせ、大樹の者よ。記憶を拾え、灰色魔女よ。――自らの神と崇めさん我らがこのもとに、千年の断罪を与えん】


 ――その魔法は、リースの知る中の範疇を超える、この世でもっとも残酷な、時と記憶の魔法。

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