14. 甘い

リースは、生まれ変わる前の自分を知らない。知るすべもない。知りたいとも、あまり思わない。

 そのことと、ハウルを知りたい気持ちは、別だ。

 けれど、ハウルはリースを知っている。それが、なんとなく腑に落ちない。自分は知らないのに、相手は自分を知っている。


 そのことの裏には、リースを拒否できない、――リースのことをつい見てしまうという、ハウルの心情が隠れていることに、リースは気づかない。

 「アルテミス」のことを、聞きたい気持ちと、聞いてどうする、という醒めた考えが、心の内で葛藤する。

 葛藤が、顔に出る。けれど、リースの凝り固まった表情の、変化に気づく者はそうそういないだろう。



 そう、思っていたら。

「何を、百面相してるの?」

「……は?」

 なぜか、ハウルに問いかけられてしまった。

 リースは、自分の顔が表情豊かでないのは自覚しているし、かなりのポーカーフェイスな自信があった。

 なぜ、と動揺すると、意図せずもますますポーカーフェイスは崩れ落ちる。動揺する頭は、それにも気づかない。

「……? 何にそんなに驚いてるの」

「…………えっ、なん、で……?」

 ――降参、だ。リースには、ハウルの考えることはわからない。

「どうして、わかるんですか……?」

「ん? そんなの、きみを見ているから」

「…………。へっ?」

 思わず、素っ頓狂な声がでた。

「最初は、アルテミスの生まれ変わりに、興味本意で、ね」

 はあ、と、少し納得。

「まあ、でも。今はきみをもっと知りたいかも」

「……なぜ、ですか?」

 思わず問いかけると、彼の答えは単純明解。

「リースに、興味がわいたから」

 今度こそ、言葉を失う。

 リースは、人だった時から、様々な意味で、周りの目を引く。けれどそれは、好意ではない。嫌悪や憎悪に近い。だから、慣れていた。

 けれど、目の前の青年の興味は、どう聞いても、好意に聞こえる。母ではないが、まるでそれに近い。慈愛のような、好意。

 何か言わねばと、けれど何を言えばいいのやら、と、小さく口をぱくぱくさせていたら、なぜか笑われた。

「ほんとにきみ、面白いなあ」

「……は!?」

 これは、あまり聞かない言葉だ。

「……私、感情表現とか下手な方ですけど。何が面白いんですか」

「そこが面白いよ。感情表現がないわけじゃない、でも、下手なとこ。下手な表現を読み解くのが、楽しい」

「…………!? な、にを……」

「難しい術式みたいだ。読み解けると、なんとも言えない達成感みたいなものがあるんだ」

「……!? 私は……魔女ですよ!?」

「うん、知ってる。だから面白いんだ」

「………………」

 必死の抵抗も、ここまでに終わる。反撃の言葉が思いつかない。


……ふと、「甘い」と思う。

 言われている言葉自体は、本当のことだけあって、あまり優しいとは言えない。けれど、ニュアンスが、表情が、甘く感じる。

 優しくはない。甘いのだ。

 そして。二人の攻防戦は、クローディアが戻ってきてもまだまだ、続いた。

 


 いつの間にか、リースの周りには、大切なひとらがいて。

 精霊の形で、この世に留まったはずの、実の親シャンティ・アルフィは、その時をもって、ゆっくりと真の眠りについたことを、少女は知らない。

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