我が家に魔王が逃げてくるのだが。
夏目ちろり
我は魔王。
「フハハハハっ! 勇者よ! 我が腹心を倒すとは随分と強くなったものよ。どれ、ここはひとつこの私が遊んでやろう……。かかってくるがよい!」
漆黒の髪、漆黒のマントに身を包んだ魔王が、闇から生まれいずるように現れた。高らかな笑い声は天を突き、周りを恐怖と絶望に陥れる。
勇者たち一行は、ちょうど魔王の腹心であるメルガイトスをやっとのところで倒したばかりだ。
魔法使いは瀕死の重傷で、僧侶の魔力もほぼ尽きている。戦力になるのは戦士だが、それも肩を負傷していつもの力の半分も出せない。
かくいう勇者自身も満身創痍だ。とてもじゃないが、魔王をここで倒せるような余力はなかった。
『かかってこい』と言われて、すぐさま飛び掛かれるほどの体力はない。
魔王に挑める回数も残り少ないだろう。
だが、一つだけ。
一つだけ、切り札があった。
それを頭の片隅に思い浮かべて、決意する。
この命と引き換えに魔王を倒せるのであれば、この世界の平和を取り戻せるのであれば本望だ。
勇者に迷いはなかった。
「ダメよ! その魔法は使ってはダメぇ!!」
後ろでもうしゃべることも苦しいであろう魔法使いが叫ぶ。
その言葉の意味に気が付いた僧侶も戦士も、勇者を止めに入ろうとするが、結局勇者の手のひらに練りだされた魔法の勢いに気圧されて近づくことができなかった。
「ここで皆殺されるくらいなら、俺が一人犠牲になって魔王を倒す。俺は勇者だ。魔王を倒すために生まれてきた存在。そこに迷いはない! いくぞ! 魔王!」
「いい度胸だ! 勇者よ!」
勇者の手の中で魔力が最大限に膨れ上がる。
呪文を唱えて、完成は間近だ。
それを鷹揚に眺めていた魔王は、不敵に笑う。
その笑みは、この世のすべての者を奈落の底に陥れるような恐ろしいものだった。
闇よりも深い漆黒の瞳が仄暗い光を灯し、魔王もまた、指先をゆっくりと持ち上げて魔力を込め始めたのだ。
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