無血打倒救済のヒーロー サイコシルバー

聖竜の介

プロローグ サイコシルバー出動!

 南郷愛次なんごうあいじは、ヒーローである。

 

 燃え盛る暖炉。

 その暖色に照らされたリビングに、硬質な足音が行き渡る。

 銀色を基調としたオペコットスーツに全身を包んだ男が、ゆっくりと歩む音だ。

 それはまさしく、テレビに出てくる“特撮ヒーロー”だった。

 “サイコシルバー”という名を持つそれが、トレーナー姿の男に詰め寄る所だ。

「ンだテメェ!? けったいな恰好しやがって、いきなり人ん家に――」

「麻薬をやるのは」

 家主と思われる男の言葉を、銀色のヒーローが遮る。

「麻薬をやるのは、当人の責任だ。

 自分の体を壊すにしても、逮捕されるにしても」

 男の腕には、いくつもの注射跡がある。

 サイコシルバーは、淡々と、男に近づいていた。

「全てひっくるめて、自己責任だと、俺は思う」

「例えば、大麻。

 言うまでもなく、違法薬物の典型です。

 しかし、ワシントン州やコロラド州など、これを条件付きで合法とする地域も存在します。

 一方で、酒。

 ICD-10診断基準による、重度のアルコール依存症者数は、一〇〇万人を越します。

 事件、事故、病気……アルコール依存症を原因とした社会的損失の金額は、年間およそ四兆円。

 しかし酒は、大半の国で合法とされる。

 年齢さえ満たしていれば、何ら制限無く手に入る。

 つまる所、全ての善し悪しは、人と法の匙加減ひとつでしかない。

 法と健康面でのデメリットに責任を持てるのであれば、麻薬も過剰飲酒も、絶対的な悪ではないのです」

「何を、ごちゃごちゃ――」

「責任を取れる人間が麻薬をやる分には、俺も何も言いません。

 しかし、貴方はダメだ。自分で責任が取れない」

「黙れ」

「黙るのは貴方です。

 貴方はただ、俺の言う通りにするだけでいい。

 何故なら、今から自首をして、麻薬をきっぱり止める事だけが、貴方が救われる道なのだから」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」「本当は、貴方自身が気付いている」「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」「このまま薬を止めなければ、後から必ず法的な責任と」「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れと言っている!」


「娘さんとの別れは、避けられない事を」


「もう黙れ!」

 男は、子供のような癇癪を撒き散らしながら、サイコシルバーへ突進。

 サイコシルバーは動かない。

 ぶつかった。

 アルミを打つような、軽い金属音がした。

 男は、サイコシルバーの胸に身体を預けるような格好で、静止を余儀なくされた。

「あ……え?」

 サイコシルバーは微動だにしない。

 ヒーローは、無敵なのだ。

「貴方は今、二つの動揺を感じた。

 最初に感じたのは、“やってしまった”と言う後悔。

 次に感じたのは、やってしまったわけでは無いが“何故だ”と言う狼狽」

「あ……あ、あ」

「分不相応な罪、今より償いなさい」

 サイコシルバーは、胸によりかかる麻薬中毒者を、ただ見下ろして呟いた。

 そして、

 パチン、

 と、指を弾く音を鳴らした。

 ヒーロースーツのグローブでは指を鳴らせないので、内蔵の音声プレイヤーを使ったが。

 その音に応じて、五人のがっしりとした男達が部屋になだれ込んできた。

 サイコシルバーは、そのうちの一人に、無機質なメットを向ける。

「古田さん。あとはお願いします」

 南郷組の兵隊としては最も信頼する男に、後事を託した。

 古田らは、乱暴ながらも適切な動きで、麻薬中毒者を拘束。

「あ、あ、あ……」

 麻薬中毒者は、ただ、開いた口から放心を吐き出すしか出来ない。

 すでに理解してしまっていた。

 古田を筆頭としたこの男達は、彼がこれまで関わってきたチンピラまがいの売人とは格が違う。

 筋金入りの極道を敵に回してしまったと、悟ったのだ。

「そちらの古田さんか、警察か。

 どちらのお世話になるか、好きな方を選ぶと良いでしょう」

 サイコシルバーは、淡々とその場を歩き去る。

「あ、あ? 嫌だァあぁアあアァ!」

 これで良い。

 この男が善き道に戻るには、強烈な改革が必要だ。

 真に誰かを救うには、その人を倒さなければならない。

 改革には痛みが伴う。

 そう言った内閣総理大臣も、過去にはいたではないか。

「ゆるし、許して! 警察は、警察だけは!」

 またひとつ、麻薬による悪を滅せた。

 麻薬によって父子が引き裂かれる悲劇を、未然に防げた……かもしれない。

 そのように、サイコシルバーは結論付けた。

 そして。

「打ち負かして、救う」

 メットの下、唇で、その語句をなぞる。

 それが、今の彼に残された、全てだった。




『サイコシルバー 主題歌』


暖かい日々 それは過去のもの

震える今を 俺に突き付けてく

それでも止まる 事はできない

正義、我にある限り

例え 誰一人にも 理解されずとも

ヒーロー飛翔すべし!

誰もがみんな持ってるよ

銀色の真心を 胸のうちに

曇ってくすんだ 白銀を 取り戻す

サイコシルバー 独り

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