第3話

 次の日の休み時間、教室で陽斗が楽しそうに仲間達とお喋りをしていたが、あたしはもうナメクジのようにいじけたりはしなかった。

 新しい友達が出来たからだ。もう古い友達は必要ない。さよなら旧友。もう思い出だ。

 あたしはプイッと陽斗達から目を逸らし、友達のいるところへ移動した。

 小花ちゃんは控えめで目立たないお人形さんのような印象で席に座っていた。意識して話そうと思わなければ誰も気づかないんじゃないかと思えるような地味さだった。

 そんなカメレオンのような彼女が今のあたしの友達だ。あたしは友達として小花ちゃんに声を掛けた。


「おはよう、小花ちゃん」

「おはよう、愛華ちゃん。今日はもうナメクジのようにグジグジとはしていないんですね」

「ナメクジにはカタツムリのような殻は無いからね。あたしは殻にはこもらずにカラッとした元気を出していくよ」

「フフ、愛華ちゃんって面白い」


 小花ちゃんが笑ってくれた。その控えめな笑顔がとても可愛くて。

 あたしも暖かい気持ちになれたのだった。




 放課後、あたしはスローライフをする。

 戦いや喧騒を離れた静かな場所で、小花ちゃんと一緒に朝顔の世話をするのだ。

 あたしは小花ちゃんと並んで朝顔のある中庭へと向かった。

 花壇の向こうの小鉢を見る。覗き込んで見ると、昨日植えたばかりの朝顔はもう芽を出していた。


「本当にもう芽が出てる。まだ小さいけど早いね」

「今は朝顔の育ちやすい季節なの。水をやりましょうか」

「はい、部長」


 小花ちゃんはまだあたしと話すのに慣れていないようだ。話す言葉に時折敬語が混じっていた。それはあたしも同じなんだけど。

 あたしはもっと小花ちゃんとの距離を縮めたかったけど、焦ることはないか。これから一緒にスローライフをやっていくのだから。


「じょうろはここにあるからね」


 中庭にある倉庫を開ける小花ちゃん。差し出されたじょうろを受け取る時に指が触れてしまって、あたしは思わずびくっとして手を引込めてしまった。

 不思議そうにあたしを見る小花ちゃん。


「静電気走ってた?」

「ううん、小花ちゃんの手に触っちゃったから」

「そう? ばい菌付いてたかな?」

「そういうんじゃないから。さあ、スローライフしよう」


 じょうろを受け取るあたし。秘めた思いに気づかれただろうか。小花ちゃんともっと親密になりたいと願っていた。

 その思いに気づかれないように、あたしは慌てた足取りで水道のある場所へと向かった。


「手も洗っていこうね」

「うん」


 そうあたしに言って手を洗う小花ちゃん。

 あたしがばい菌と言わせたせいではないだろうけど、綺麗な手を綺麗に洗っていた。思わず見とれそうになるけど、あたしはすぐに自分の手の方に集中することにした。

 じょうろに水を入れて、朝顔の元へ戻る。


「今日は乾燥しているから少し多めに水を入れようか」

「うん」


 あたしには朝顔の事は何も分からないので、小花ちゃんに言われるままに作業を進めていくのだった。




 よく晴れた次の日、小花ちゃんは倉庫からうんしょと土の入った袋を出してきた。

 少し重そうなそれを見て、あたしは訊ねた。


「小花ちゃん、それは?」

「土よ。そろそろ鉢代えの準備をしようかと思って」

「鉢代え?」

「説明しましょう」


 あたしの質問に小花ちゃんは教師モードに入った。

 きりっとした目付きをして、眼鏡を掛けていないのに押し上げるようなしぐさをして話し始めた。


「愛華ちゃんの朝顔が育ってきたので、こちらの大きめの鉢に移し替えるんです。朝顔がよく育つには土壌が重要なので、今から土の用意をするんです」

「土って何でもいいわけじゃないんだ」

「はい、そこら辺の土では良い土壌とは言えませんからね。では始めましょう」


 小花ちゃんに言われるままに大きめの鉢の前に立つあたし。

 言われるままに鉢の底に軽石を敷き、袋から土を出して入れていった。

 あたしには何も知識が無いので言われるままにするしかなく、それは恥ずかしい気もしたが、小花ちゃんは真剣な眼差しで教えてくれたし、こんなのも悪くないかとあたしは思った。

 やがて、鉢の中に綺麗に土を敷き終わった。肩から力を抜くあたし。小花ちゃんも安心の息を吐いていた。


「苗を植え代えるのはもう少し様子を見てからにしましょうね」

「うん」


 小花ちゃんと並んであたしは中庭に座った。静かだった。いつまでもこうして過ごせるような安心に満ちた静けさだった。

 そんな静かな場所で小花ちゃんはあたしに訊ねてきた。


「さっきの土がどこで採れたものか知っていますか?」

「ううん」


 どこかの外国だろうか、それとも良い土の取れる場所がどこかにあるのだろうか。あたしは知らなかったので正直に知らないと答えた。

 知らない疑問には小花ちゃんが答えてくれる。


「あの土はダンジョンで採れたものなんです」

「ダンジョンで!?」


 全く予想外のところから答えが飛んできて、あたしは思わずびっくりしてしまった。

 小花ちゃんは優しい微笑みを見せて教えてくれる。


「ダンジョンは危機だけを人類にもたらしたわけでは無いんです。ダンジョンやそこから現れたモンスターから取れた新たな素材や資源はわたし達の暮らしに新たな恵みを与えてくれました。わたしはこう考えているんです。ダンジョンはエネルギー問題に悩む人類に神様が贈られた贈り物ではないかと」

「へえ」


 あたしにはそんな考えは全く無かった。小花ちゃんは博識だった。彼女の頭の良さにあたしは思わず舌を巻いてしまった。

 あたしはもっと小花ちゃんのことを知りたいと思った。だが、そんなあたし達の花園に入ってきた邪魔者の声があった。


「愛華。お前、小花なんかと付き合っているのかよ」

「陽斗」


 久しぶりに口を聞いた陽斗は何だか不機嫌の様子だった。不機嫌なのはあたしも同じだった。


「あたしが誰と付き合おうと勝手でしょ。入ってこないでよ」

「分かったよ」


 陽斗はぶっきらぼうに言って、不機嫌な感じのまま渋々といった様子で帰っていった。


「何しに来たんだろ、あいつ」

「愛華ちゃんのことを心配したんじゃないかな」

「心配?」


 突き放してきたのは向こうの方なのに。あたしにはさっぱり分からなかった。

 分からない気分のまま、その日は帰ることになった。

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