翼ある者~魔女集会で会いましょう~
(Twitterで流行ってる某タグに乗っかって、即興で書いてみました。1952年12月の首都スモッグ事件から少し後、名もなき魔女と翼を持つ種の竜人の話です。)
* * *
なんだい、あんたも喉の薬かい?
ああ酷い声だねえ。なに、すぐに楽になるよ。ちょっと暖炉の前に座って薬草茶の湯気に当たっていきな。
今月初めのスモッグ事件からこっち、どれだけの人間がうちの店を訪ねてきたことだろうね。
店ったってうちは看板も出してないだろう、よく見つけたね。ああそうさ、みんな人づてにやって来るんだ。喉を治してくれってね。肺炎になっちまった子どもや年寄りが多かったねえ。
街のお偉いさんはさ、車やトラックを制限したり、排煙が酷かった工場のをいっとき停めたり、まあなんだかんだやってるけどね。みんな寒いもんだからさあ、石炭くべるのを止めないもの。余計にスモッグの帯が分厚くなっちまって、お日様の光が届きゃしない。で、余計に寒くなって石炭くべて……なんだっけこういうの。「悪循環」そうそう、難しい言葉知ってるんだねえ。
空? バカ言いなさんな、飛べたもんじゃないよ。
道を歩いてるだけでも煤で真黒くなっちまうだろ? それだけ汚れてるんだよ、この街の空気は。なんなら家の中にまで煤が入ってくるんだもの。
ときにあんた、この街を飛んでる真黒いのがスモッグだけだと思ってたかね。ああやっぱり気づいてなかったんだ、これだから……いやいや意地悪を言おうってんじゃないよ、もうちょっと湯気に当たっていきな。しっかり吸い込んで、そうそう。
邪気とか極小魔物ってわかるかね。わかんないね、普通は見えやしないからね。とにかくそういう目に見えない善からぬ者がこの街にはいっぱい
ここはブラスゼム、この国で一番大きな街じゃないかね。ほんとなら国で一番稼げて一番面白く生きられる街のはずだ。それがこんな真っ黒くろで生きる望みもありゃしない、何がそうさせてんだろうね。
ラジオ聴いたかね、ラジオ。竜人娘の物語、ありゃいい声だったね。あの声聴くだけで邪気が逃げてくようだった。そうそう、言っとくけど竜人てのはね、住んでる場を護ってくれるんだ。あたしたちは持ちつ持たれつ、昔から上手く付き合ってきたもんだよ。それを追い出しちゃあ街も空気も悪くなるのは当たり前さね。
それじゃ竜人を早く呼び戻さなきゃって? まあそりゃ勝手な言い分だねえ。人間が虐めて追い出したものを、都合が変わったからって簡単に呼び戻せるもんかね。戻ってきて欲しいけどね。
あたしは元気そうだって? そりゃね、魔女を120年もやってりゃ自分を護る術くらい心得てるもの。ふふふ、どうやるかって、そりゃ秘密。
と言いたいけど、特別に教えてあげようかね。
うちには守護者がいるのさ。
もう20年以上前になるかねえ、ちょっと訳ありの子を拾ってね。小さい時から面倒みてきたんだ。
食べさせて、着させて、世の中のしくみを教えてやって。そりゃ楽じゃなかったよ、なにせパンじゃ育たない子だもの。おまけにその子はね――こりゃ内緒だよ――背中に翼を持ってるんだ。隠して隠して、だいじに育ててきたんだ。
そりゃ天使かって? ふふ、どうだろうね。とにかくその子が護ってくれるおかげであたしの家はこうして清浄でいられるってもんだ。あれ、気づかなかったかね。この家の中だと呼吸が楽だろう。
さあ、良い頃合いだね。そらそら、いい声になったじゃないか。
お代? 要らないよそんなもの。あたしは薬草茶を沸かしてただけ、あんたは湯気にあたっただけ。まあその気があるのなら、あたしの予言をちょっと誰かに教えてやって欲しい。
竜人たちは戻って来るよ。
そう遠い先のことじゃない。ただしそのためには、あたしら人間がしっかり頭を下げなきゃいけない。
できるかねえ。まあ難しいとは思うけど、やんなきゃいけないんだよ、あたしらは。それが人間の矜持ってもんだ。
それじゃ気を付けてお帰り。
またいつでもおいで、話を聞くつもりがあるならね。
信じるか信じないかはあんたの勝手だけどね。
(了)
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