まだカクヨムで投稿してる?

ちびまるフォイ

短く濃く書ききるために!!

息子は新しい小説サイトに登録することにした。


『 タイマーノベル・30/10 』


という新しく立ち上がった小説サイト。

ライバルが少ない立ち上げ時期なら人気が出るんじゃなかろうかと

あさましい出世欲もわずかに垣間見える。


サイトには入力フォームのほかに時計がある。


「よし、さっそく投稿してみよっと」


息子は思いついた冒険小説を書き始めた。

書き始めると時計の針が進む。


30分たったとき、画面にポップアップが表示された。


『 30分経過したので自動投稿されました 』


「えええ?! まだ途中なのに!!」


サイトのトップページには書きかけの小説が投稿されていた。

勇者がマントヒヒと鍋のしめにプロレス始めたところで終わっている。


「パパ、どうしよう。途中で投稿しちゃったよ」


「どれどれ。ああ、本当だね。もう修正できないよ」


「そんな!」


「人生には取り返しができない失敗がいくつもある。

 それを学べただけでラッキーじゃないか」


ありがたい講釈を垂れていた父親だったが、

息子としては中途半端に投稿してしまったことが、

静かな教室でお腹の音を響かせてしまったくらいに恥ずかしい。


「今度は全部書ききって投稿しよう!」


息子は固く誓った。


書いていて感じたのは時間配分の大事さ。

何も考えずに、思うまま書きたいままに書いていると30分なんてあっという間。


そこで今度は事前になにを書くかを決めて、プロットも準備した。


「うん! これなら時間内に書ききれるはず!」


「もう一度言ってくれる? できるだけ間をつめて、同じセリフを」


「うんこれなら時間内に――」


「うんこって言った! うんこって言った~~!!」


「パパ、こういうやりとりは本当に執筆時間の無駄だからやめて」


Tシャツをズボン代わりにはいている50代の父親を放っておいて、

息子は小説ロードマップをもとに小説を書いた。


チチチチチ...。


「書けた!!」


30分経過。時間セーフ。


事前の準備が功を制して時間内に書ききることができた。

30分で自動投稿されると評価が楽しみでわくわくした。


というのも、この30分投稿サイトではほとんどが中途投稿が多い。


ちゃんと完結させて「執筆終了ボタン」を押した小説には

『時間内完結』の勲章が小説のリストページに掲載される。

注目されるに決まっている。


「さて、評価はどうかな~~?」



>すごく……事務的です……///



「え゛っ」


自分の感じた手ごたえと評価には大きな差があった。

よくよくコメントを読んでみると、制限時間内に書ききることを目標にしすぎて

説明的な表現が多くなっていることに気付いた。


キャラもすでに先を見越したような行動が多い。

まるで用意された台本を持ちながら行動しているようだ。


「どうすればいいんだろう……」


「ふふふ、お困りかな?」


「パパ!? どうして天井に張り付いているの!?」


「困ったときはほかの作品を読むといい。

 自分の中で答えを見つけるだけが、答えを探す方法じゃない」


「天井のくだりは無視するのね」


息子はサイトに時間内投稿されているほかの作品を読むことに。

読むときには1作品10分の制限時間がある。


「ひぃぃぃ! 急いで読まなくっちゃ!」


普通に読んでいると間に合わないので、

何行か先を中心に目で追いつつも視界に入る前後の行を頭に入れる。

のちに『ジャンプ読み』と呼ばれる手法はこのとき編み出された。


「な、なるほど……わかった!

 時間内投稿ができていて、事務的にならないようにするには

 会話で圧縮するのが必要だったんだ!」


「気付いたか息子よ」


「パパ、どうして二人に分身しているの?」


「小説では周りの風景の描写や心理描写の地の文を減らし、

 会話の中で風景に気付かせるようにすれば時間を圧縮できる!」


息子は他の小説で得た知恵を生かして再び執筆を始めた。


チチチチチチ....。


「よし!! 終わり!!」


30分経過。


今までは地の文と会話を別々にしていたけれど、

今度は会話の中に周りの風景を入れることで大幅な圧縮につながった。


――――――――――――――

周囲はうっそうとした森に囲まれ、暗闇から魔物の声も聞こえる。


「離れるんじゃねぇぞ……」


オガルはそっと仲間の手を握って、前に進み始めた。

――――――――――――――

↓ブーチブーチ

↓ブーチブーチッ

――――――――――――――

「薄気味悪いわね……こんな森早く出ましょう。

 なにが出てくるかわからないわ」


「離れるんじゃねぇぞ……俺も離れねぇからよ」

――――――――――――――

テーレテッテテーレッテテ



会話の中に描写を入れ込むことで、読みやすくなったと好評だった。

これでもう何も怖くない。


「ふふふ……息子よ、お前はまだ小説の奥深さを知らないな」


「また出た!」


「所詮は井の中の蛙、お前が学んだことはただ1つのサイトの技術にすぎん。

 世界はお前が考えているよりも広い」


父親は自分が投稿しているサイトを見せた。


なんの変哲もない、ごく普通の小説投稿サイトだった。

もちろん時間制限もない。


「パパ、これが何だっていうの?

 パパの小説の評価数が0だってことしかわからないよ」


「そこは見るな」


息子はほかの投稿作を見て自分の世界の狭さを思い知った。


「なっ……!? こんな世界があったなんて……!?」


「そうだ息子よ。お前は今まで時間内にどれだけ濃い内容を書けるか

 その技術を学んできたようだが、それはここでは通用しない」


父親はいっそう顔を険しくさせた。


「なぜなら、ここではどれだけ展開を先延ばしできるかの勝負だからだ!!」


雷に打たれたような衝撃。


いかに更新頻度を高くしつつも、ネタが尽きないように

水で割ったカルピスをさらに薄くしつつも味を損なわせない技術。


まさに真逆の技術が集結していた。


「こ、こんなことが……!」


「ふっ、わかってきたようじゃないか、息子よ。

 そういう書かなくてもいいセリフこそが真髄だ」


「どういうこと?」


「いちいち聞き返せば文字数も稼げる、ということだ」


「そうなんだ」


「あいづちはさらに良い。ますます展開を先延ばしできる」


「さすがお父上様!! 顔はダンディーで体はムッキムキ!

 頭は良くて、努力もしないですさまじい魔法を使えるのね!!」


「そうだ!! わかってきたじゃないか!!!

 そういう褒めちぎる表現はたいして展開にからまないくせに

 読んでいると気分が良くなって最高なんだ!!!さすが俺の息子!!」


はしゃぐ男を隣の家族が眺めていた。




「ねぇ、ママ。あのお隣さん、

 どうしてパンツの中とおしゃべりしてるの?」





―――――――――――――――――――――――――

ここまでの執筆時間


1時間02分51秒214



まだまだだね

余計な要素が多すぎるんだわ

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