恋の故意の病の季節カゼ

眠る乃符時個

第1話 遭遇

 僕は女子校に勤める一教師だ。高校の名前は風読(かぜよみ)高校と言う。

 学生たちは言わずもがな全員年頃の女の子でようやく両親に許され化粧を始め、桃色から陶器のような白色になった頬がなんだか甘酸っぱそうだ。僕はそれに触れることを許されず毎日授業中は彼女等のその頬や安物のリップや口紅で塗ってテラテラと光る唇を見ながら学問を教える。

 僕の教えてる学問は理科の化学である。

 学生らのクラスの喧騒から離れ、静かな場所に僕は今いた。

 今はその授業の準備中であり化学準備室のフラスコや授業で使う薬品などを化学室へと移す作業をしている。

 腹の前で容器の入ったダンボールを抱え準備室から化学室へ移動すると一人の女子生徒がそこにはいた。どうやら僕が知らない間に入ってきたようだ。

「いつの間に入ったんだい?気が付かなかった」

「そりゃ先生はそっちの準備室にいたんだし気が付かなくて当然ですよ。私は先生に用があって来たんです。私も運ぶの手伝いましょうか?」

 僕は抱えてる荷物に目を落とし彼女をもう一度見た。おかっぱで眉毛が太く珍しいことに化粧気がなかった。その少女は何処と無く物語の始まりを教えてくれる風の伝う道を教えてくれる風見鶏のように思えた。

 それから僕は荷物を彼女に渡すと「机に並べておいてくれ」と頼んだ。

「かしこまりましたわ」彼女は語尾を裏声混じりで唱える。

 カーテンが全て閉じられている室内は薄暗かったが僕はその薄暗さが好きだったので午前中のカーテンで密閉された室内の中、蛍光灯も点けずに作業を進めていた。

 明かりをつけていると僕の度数の強い眼鏡が時々キラキラと瞼に反射して目がチカチカするからだ。


「先生、並べ方はテキトーで良いんですか?」とおかっぱの彼女が尋ねる。

 ああ、いいよ、と僕が答えようとしたとき準備室の方で突然爆発音が鳴った。

 それも盛大な爆発。準備室へと向かう扉の隙間からモクモクと煙が出てくる。


「今の音・・・なんですか?」と首を若干カクカクしながら彼女が僕に言う。

「いや~、準備室には爆発物なんか置いてないつもりなんだけど、もしかしたら武装組織がここを利用しているのかもしれない。テヘヘ」

「バカ言ってないで見てきて下さい!」

「わかったから落ち着いてよ。君」

 そして僕は準備室に向かい扉のノブに触れ、それを思い切りひねりドアを開けた。

 中にはもくもくと水蒸気のようなものが出ており、それは準備室のちょっと奥にあった。

 それは、と言うかその人は服の着ていない、下着も着けていない、つまりは全裸の少女だった。その子の全身から水蒸気が立ち上っている。

「ちょっと来てくれ!」僕は化学室のおかっぱの女の子に向かって叫んだ。

 そして彼女が走ってくるタッタッタという音が聞こえ、化学準備室に飛び込んでくる。

 そして惨状を見た彼女はこう言う。「先生、いたいけな乙女の裸体は見てはいけないので一旦準備室から出ていて下さい。私が彼女に着せるための体操服をクラスから取ってくるのでそれまで部屋の外で待っていて下さい」

 僕は頷くとおかっぱの彼女と共に部屋を出た。

「なんなんだ、一体・・・あの部屋さっきまで誰もいなかったんだぞ・・・」

 僕は無性にタバコが吸いたくなった。しかしながら実を言うと僕は禁煙を初めて二日目だった。だからタバコもライターも捨ててしまって持っていない。喫煙仲間だった先生にタバコを一本貰おうと心に決めるとポケットに唯一あったハッカ飴をパクっと口に放り込む。。

 ハッカ飴を口に入れた直後だった。化学準備室の扉は僕の真後ろにあるのだが、そのドアがガチャリと開く音がしたのだ。


 そして「あの~」と間延びした声が聞こえた。猫のあくびみたいな声だった。

 僕は心臓がバクバクとして思わず舐めていたハッカ飴をごくりと飲み込んでしまった。

「あー、いやね、ここの女子生徒が今、服を教室に取りに行ってるからしばらく元の場所で待っていてくれないかい?」僕は後ろを向いたまま全裸の少女に言う。

「とても寒いんです」全裸の少女は切実そうにか細い声でそう言う。ピタリと濡れた足で床を踏みしめる音がする。

 そして僕は後ろ手に彼女にギュッと抱きしめられた。瞬く間に鼻の中に彼女から漂う睡蓮の匂いが突き抜けた。彼女の全身はとても熱かった。

 僕もその感触にゾクゾクとして体が熱くなる。

 僕は彼女の熱さに心配になり後ろを振り向いてしまった。顔を見ると熱のせいか赤くなっている。

「どうしたんだい?とても熱があるようだ。苦しいか?」

「とても寒いです」

「分かった僕の白衣とセーターを貸してあげるからそれを着なさい」

 それに対しては彼女は何も言わず、ただ吐息を荒げながら僕の顔の方に自分の顔を近づけていく。

 首元まで息が届いてくる。その息は風邪引き特有の熱を持っていた。どんどん彼女の唇が上がってきて僕の顎のほうまで来る。だがそこでとんだ自体が起こった彼女の体が途端に力が抜けて僕にのしかかってきたのだ。

 僕はバランスを崩し床に転んだ。その拍子に全裸の彼女の唇は僕の唇と接触しキスする形になってしまった。僕はそれにとてつもなくビックリしていたが、だが同時に体中が彼女に触れた唇から熱くなっていった。

 脳内でモーツァルトのピアノ協奏曲第二十番が爆音で再生される。それは正に僕の口内から入り込んだ演奏だった。

 僕は数十秒金縛りにあったように動けなかった。



 やがて全裸の彼女は何事もなかったように(顔も熱っぽい顔ではなくなっている)起き上がると「あなたにウィルスを移したからスッキリしたわ!」と言った。

「ウィルスって何だ?」僕の体からも熱が段々と引いていた。

「未来人がかかる伝染病ね。私は未来から来たの。未来ではその伝染病が流行っていて高熱を出して死ぬの。それに助かる為には過去の人と定期的にキスをしてウィルスを移さなければならないの。安心して過去の人にとってのウィルスの持続時間は一瞬だから。そしていずれは子供を産んで、この場合未来人と過去人のハーフね、やっと病は消滅するの。だからこの過去には段々と未来人が増えているのよ?あなた知らなかったでしょ?」と言って彼女は僕の腕を持って立ち上がらせた。「まあそんなことどうでも良いわ。わ・た・しの旦那さん?」と言って軽くウィンクをした。

 僕は呆然としていたが、やがて彼女は「まさか既婚者じゃないでしょうね?」と目つきを鋭くして言った。彼女はとんでもなく美少女だった。

「いいえ、違います」僕はそう言うのが精一杯だった。

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